風のつぶやき! 栃木の「奥の細道」紀行、雲の写真・モノクロ写真を主体としたブログ

[ しもつかれ ]

先日、栃木県の郷土料理を代表する”しもつかれ”を作ってみた。
妻と私の見よう見まねで作った料理であるが、我が家のレシピを紹介しよう。

まずは下拵えから、お歳暮で頂いた新巻鮭の頭を二つに割り酒をまぶしておく。
”鬼おろし”で大根と大き目のニンジンを一本づつ粗めにおろしておく。
節分で撒き損じた大豆の煎り豆をもう一度強火で煎り皮を剥いて水に浸しておく。
まず、塩引きの両面を強火で焼き煎り大豆と一緒に鍋に入れ、それらが柔らかくなるまで弱火でとろとろと煮る。
数時間して塩引きと煎り豆が柔らかくなったら塩引きを一旦取り出して小さく切りまた煮出し汁の中へ戻して、そこへおろしておいた大根とニンジン、小さく切った油揚げ好みによってさつま揚げ、そして溶けやすいように細かく刻んだ酒粕を100g程加えて、塩引きの骨が柔らかくなるまで弱火でとろとろと5〜6時間程煮る。
そして、仕上げは多少の醤油、みりん、酒などを加え好みの味に仕上げる。
だいたい半日あれば出来ると思うが、今は圧力鍋を使うことによって時間はかなり短縮できる。

郷土料理として栃木県(一部茨城県、一部埼玉県)に古くから伝わる”しもつかれ”は地域によっては”しみつかれ”とも云われる。
私の育った県北では”しみつかれ”と云っていたと思う。
初午の前日、各家々では”しもつかれ”を作る習わしがある。
昔の事であるから食材はどの家でも殆ど同じであるが、味付けだけはその家自慢の味があり十軒十味である。その味は遠い昔から代々伝えられた秘伝の味といえるだろう。


母は父の作ってくれた一斗缶に穴を明けただけの簡単な竈を庭に持ち出し、その中に枯れた杉っ葉を敷いて火種床とし小枝から薪へと替えながら火力を強くしていく。そして竈の上に食材を入れた釜を載せ、背を屈めながら薪をくべてゆく。食材がぐつぐつと煮立ってくると木蓋を取り中火にして煮込んでゆく。その間母は他の仕事をしながらも時々様子を見に来て、火加減を確認しながら薪をくべていく。
そうして5〜6時間もじっくりと煮込んでいくのである。
今考えてみると”しもつかれ”は母の愛情がこもった、当時としては一番素晴らしい料理なのではないだろうか。
そして、栄養価の高い保存食でもあった。多分3日程は食べていたような記憶がある。

初午当日は身を清めた家主が屋敷内に祭られたお稲荷様に詣で、紙で作られた旗と小さな藁づとに盛られた赤飯を祠に供える。
その後、私達は家内安全、五穀豊穣を願って赤飯と”しみつかれ”を戴くのである。

子供の頃は”しもつかれ”が大嫌いであった。
なぜ嫌いであったかは覚えていないが、私の子供達も見向きもしないのであるから無理もなかったであろう。
今はスーパーでも袋詰にして一年中置いてあり懐かしさの余り時々買ってくる。食卓に載せると開口一番、「何、これ!」と子供達。
それ以来見向きもしない。
味は兎も角として、やはり見てくれの悪さではないだろうか。言葉の表現は悪いが器に盛らなければ”ゲロ”に近い。他県の人に勧めると後ずさりするそうだ。
しかし寒い朝、暖かな食卓で頂く歯に凍みるような”つめた〜い””しみつかれ”は最高に美味い。
なぜか知らないが、てんこもりしたどんぶり一杯は難なく食べられてしまうから摩訶不思議な食べ物である。
また、酒の友としても是はいける。

おやじの戦記

戦争が終わって60年。
今年もまた、”あっ〜い夏”がやって来た。
今年は終戦から60年という事もあってテレビなどでは多くの終戦記念特集が組まれている。
私のサイトにある”おやじの戦記”も記載してから7年が経つ。
今までに幾人の人達に読まれたのか今でも気に掛かる。
これまで更新せずに何年か経ってしまったが今年は思い切って新しくしてみた。
テキストの内容は殆んど変っていないが、今まで私が撮り溜めたモノクロの写真とFLASH
を使って編集してみた。
トップの写真は35年前に撮った夏空に、最近、近所で撮ったとうもろこし畑の写真を合成して
作ってみた。
しかし、今年は何故か”あっ〜い夏”を思わせるもくもくと湧き上がった恐ろしいほどの入道雲が
なかなか現れてくれない。お盆になっても太陽がじりじりと照りつける暑さの中、あの真っ青な夏
空を見ることが出来ない。
しかたがなく、昔、日光で撮った雲の写真を合成してみた。
2枚の銀塩フイルムネガをスキャナーで読み取り、フォトショップでいろいろと工夫しながら
漸く出来上がった1枚である。が、写真を趣味とする者にとっては、この合成するという行為は
邪道の部類に入るのではないだろうか。
しかし、この合成された写真は、我が心に描いた憧憬でもありじっと見ていると何故か”おや
じ”と”おふくろ”と一緒に住んでいた遠い故郷の空を想い出してしまう。
そして、あの沖縄戦を回想した名曲、”さとうきび畑”をいつの間にか口ずさんでいる。
”ざわわっ、ざわわっ、ざわわっ”と。
今年の夏こそは、この心に描いたような懐かしい被写体に出会えることを願っている。

私の”おやじの戦記”が登録・掲載されている素晴らしいサイトがある。数年前に依頼があっ
て登録させて頂いたのだが、このサイトには先の大戦での悲惨な体験談や戦争に関わった記事
が数多く掲載されており、読むたびに目頭が熱くなってしまう。
あの悲惨な戦争の出来事や、本などでは得られない生々しい記録を読むことが出来るのではな
いかと思います。是非一読を。

「戦争を語り継ごう」(軍隊の中に掲載されています)
「おやじの戦記」(五月の風メインから入れます)


組写真「霊山」に想う。

数年前の一時期、俳句に凝ったことがあった。
当然のことながら「奥の細道」に興味を持ち、原文を読んでみた。
勿論、現代文に訳された説明文を読みながらである。
それと同行した曽良の書き残した「曽良随行日記」も合わせ読んでみた。
やはり読んでみて一番気に掛かるのは、間々田から芦野までの下野の国での記述である。
栃木県で詠まれた句は数首であったが、やはり地元だけあってひどく感動してしまった。
その頃、ネット上で「奥の細道」を検索していて、県内にも有志が建てた句碑が数多く残されているのを知った。
それからと言うもの、仕事の出先や休日を利用しては少しずつカメラに収めていた。
昨年まで「五月の風」に載せていたが、ブログを開設すると同時に此方へ新設してみた。
しかし、今まで撮り溜めた写真を組み入れながら再編しているのだが、遅々として中々先に進まない。
せめて、句碑だけでも一覧にして載せてみようかと思っている。
くだらない前書きが長くなってしまったが、本題である”「霊山」に想う”である。
確か数年前、句碑を撮り歩いている頃、古い句碑のある岩船山・高勝寺へ行った時の事である。
実は句碑は以前にデジカメで撮ってあり、目的は作品作りにあった。勿論、写真のである。
このお寺は標高400メートル位の山の上にあり、水子を祀る霊場として近在でも有名な山であった。
山の四方は垂直に切り立った崖で、霊場と云うに相応しい山容をしている。
山上は船をかぶせた様に平らでここから岩船と名が付いたらしい。
山裾から山上までは長い石段が続いている。
そして、山上にはお寺だけが建っていて、鬱蒼とした大木に囲まれその下に墓や石仏が散在している。一人で行くには寂しすぎてちょっと躊躇ってしまいそうな所でもある。
この日は、梅雨が明けたばかりの七月下旬の頃で、山内は木陰にも関わらず湿気の多い蒸し蒸しとした暑い日であった。
私は愛用の2台のカメラを携えて山内を散策していた。人は誰もおらず私一人だけのようだった。
気に入った被写体を見つけては三脚を据え、湿気で曇ったファインダーを覗き構図を決める。
最初のうちは寂しさにも気もとめず、ファインダーを覗いてはシャッターを切っていた。
山内の一番奥にある、とある場所で構図を決めていた。
そこには古い石仏群があり、いかにも霊山らしい雰囲気の場所であった。
私は早速、三脚を据えファインダーを覗きこむ。誰一人として居ないまるで時間が止まってしまったような山内。ファインダーを覗きこむ私のすぐ後ろに何故か人の気配がする。
後ろを振り向いても誰も居ない。ファインダーを覗き込むたびに何度も異様な雰囲気に襲われた。
ただ、他の場所では感じなかったのであるが、この場所での淀んだような何とも言えぬ空気の異様な流れが感じられたのは確かであった。
ここは多くの水子の霊を祀った所でもある。多分、水子の霊が淋しさのあまり、私に何かを問い掛けてきたのかも知れない。
私はこの異様な雰囲気に圧倒され、そそくさにカメラを仕舞い込んで逃げるかのようにこの山を降りた。
それ以来、この山には行ってはいない。


滝尾道にて

日光山内にある滝尾神社への参道を数ヶ月ぶりに歩いてきた。
週末でもここを参拝する人はまばらで、非常に静かな散策が楽しめる。
同じ山内にある東照宮の表参道の賑やかさに比べるとまるで異次元の世界にでも迷ってしまったような静かさである。
この参道は滝尾道と呼ばれ、参道の入り口には滝尾道と彫られた自然石が立っている。
この場所は東照宮の裏手にあり、参道の入口にある開山堂から滝尾神社までは石畳が敷かれ、樹齢数百年もあろうかと思われる杉の大木に囲まれている。
開山堂の脇に一風変った建物がある。
産の宮(輪王寺観音堂)と呼ばれ楊柳観世音菩薩を本尊として祀っている。
ここには将棋の香車の駒が拝殿一杯に奉納され、処狭しと並べられている。
将棋の駒「香車」はひたすら直進する駒であるため、妊婦が安産を祈願してこの駒を借りて帰り、出産後借りた駒とお礼に新調した駒を一緒に返納するという習わしがあるそうだ。
その他、参道沿いには不動明王などの石像が並ぶ「仏岩」、勝道上人と弟子の墓、学問の神・菅原道真を祭る北野神社、滝尾神社の祭神・田心姫神命が手を掛けたと伝えられる「手掛石」、関ヶ原の戦いで徳川家康が乗った名馬の「神馬の碑」そして鬱蒼とした杉の大木の中に幽玄と佇む滝尾神社などなど。
是非一度、世間の喧騒を忘れて静かな散策を楽しまれては如何でしょうか。
それからもう一つ、滝尾神社裏にある駐車場の入口の車道脇に石垣から湧き出ている水がある。ここの水は癖が無くて非常に美味しい。
知る人ぞ知る水場。帰りがけにも喉を潤してはみては如何でしょうか。

HPの「写真」「組写真」の中に「滝尾道にて」を載せてありますのでどうぞご覧下さい。

お正月

正月の三が日が過ぎ今日は四日、おせち料理もなくなり、そろそろ正月気分が抜けきる頃である。
役所など早い所では今日からが仕事始めである。
二の日、神社へ初詣に行ってきたが例年よりも詣でする人が少ない様な気がする。
又、最近は玄関口へのお飾りがめっきり減ったような感じがしてならない。
ましてや、一昔前に流行っていた車へのお飾りなどは殆んど見られなくなってしまった。
思うところ、最近は世代が若くなり、昔からの正月行事が薄れてきてしまったのではないだろうか。
何故か寂しい感じがする。
遠い昔から伝えられてきた伝統行事を無くすことなく、いつまでも受け継いでいってもらいたいものである。

私が小さかった頃(昭和30年代)の懐かしいお正月の想い出を紹介してみよう。

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XHTML

ここの所、休日は趣味である写真も撮らずにパソコンにかじりついている。
サイトの方も何かしら更新しなくてはと思いながらもなかなかそれが出来ないでいる。
所詮趣味でやっているのだから別に焦らなくとも良いのではないかと自分に言い聞かせてはみるもののやはり気に掛かる。
2月に入ってから会社のHPをリニューアルしようと思い、余暇を利用しては作成にのめっている。
7年ほど前に私が作ったものだが、2年ほど前からは殆ど更新していない。
たま〜に覗いてみるのだが、データが古いだけに見るに忍びない。
また、デザインも古く野暮ったい感じがする。
その様な訳で今、リニューアルを目指している。
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CSSとXHTML

先日から取り組んでいた会社のリニューアルHPの雛型が完成した。
前回も書いたように、これからデーター入力が待っているのだが会社の仲間と知恵を出し合いながら完成させていこうと考えている。
昨日、今日と休みだったので「五月の風」のTOPページをCSSとXHTMLで書き換えてみた。
原版からの手直しだけだったので二時間ほどで完成した。
今まではHTMLだけの記述だったのでCSSは埋め込んでいたが今回は外部CSSで纏め、今まで使っていたFRAMEやTABLEタグを使わずに作ってみた。
またナビゲーションメニューもFLASHで作れば簡単なのだが、敢えてList要素で作ってみた。
XHTMLで作るのは今回初めてなのだが、悩みながらも作る楽しみを味わえた。
しかし、Javascriptの組み込み方や他のブラウザでの表示の違いなどいろいろと理解できない悩みが出てきた。
これからも徐々に勉強して行こうと思っている。


CSSとXHTML(その二)

XHTML+CSSの組み合わせによるサイト構築(ちょっと大袈裟)の面白さを覚えた現在、「五月の風」Webサイト全体の再構築を実行中である。
まず手始めに、勤務会社のHPをXHTMLとCSSでリニューアルしたものの、データのレイアウトが決まらずに発信待ちの状態である。
その間、私のWebサイトを再構築しようと考えた訳である。
TOPページは以前のレイアウトにナビゲーターボタンを配置しただけでCSSを採用して軽くしシンプルなデザインにしてみた。


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CSSとXHTML(その三)

「五月の風」サイトのCSS+XHTMLでの再編をはじめてもうすぐ一月、トップページや写真のページは今までのHTML仕様を継承してほぼ完了した。
写真を主体とするページは殆どがFLASHを採用している為、あまり手を加えずに済ませた。
しかし、XHTML使用にする為にはタグの書き換え(主に小文字化)する必要がある。そして、便利なテーブルタグやフォームタグはなるべく使わずに再編しようと考えている。
外部CSSを採用した為かソースを表示してみてもかなり簡素化されて確認しやすくなった。


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晩冬の裏山

photo by hiyama



茅葺き屋根の農家の裏山は、こんもりとした杉林と欅の雑木で覆われている。
昼でも薄暗い裏山は、夕刻ともなれば入りがたい夕闇につつまれてしまう。
鬱蒼とした裏山の欅の太い根元には、稲荷様が祀られている。
朽ちかけて朱の剥げ落ちた鳥居には、古い”しめなわ”が今にも切れそうに
張られ、その奥には古びて壊れかかった”社”が置いてある。
そして、社に置かれた一対の”こんこん様”がこちらをジーッと睨んでいる。


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太々神楽

今年は例年になく、遅い梅と早い桜の開花がほぼ一緒となり、三月下旬ごろから両方の花を一緒に楽しむ事が出来た。
この時期外れの現象は、今地球規模で問題となっているCo2ガスによる地球温暖化現象の一つの現れと云われる。
いわば、近世に於ける人類のエゴによる厳しい”ツケ”の現れではないかと思う。
このままでいけば近い将来、日本の美しい四季の移り変わりを楽しむ事が出来なくなってしまうのではないだろうか。
私は、公園の桜の木の下にシートを広げ、ただ一人で愛妻弁当を食べながらそんな事を考えていた。
腹の皮が突っ張ってくると、何故か瞼の皮が緩んでくる。
満開を過ぎた桜は時折の風に乱れ、まどろむ私の顔に散りてくる。




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太々神楽(2)

「とっちゃん、今日”だいだい”見に行くんだんべ。」
「ああ、そおだな。みんなくんだんべかんな。」
「みっちゃんもいくんだんべ。」
「おれ、わかんねや。」「小遣いねえし、かあちゃんに銭もらえっかどうかわかんねえから。」
「だいじょうぶだよ、みっちゃん。」「今日はお祭りだから、かあちゃんに言えば幾らかもらえるんじゃねえか。」「ましてや、みっちゃんのとおちゃん今日の主役だかんな。」
「とっちゃんは、いくらぐらい持っていくんだい。」
「おれも、小遣いねえんだよ。」「かあちゃん幾らくれっかわかんねけど、もらった銭で何か買うべと思ってんだ。」
「とっちゃん、今日何時ごろ行く。」「十時頃でいいんじゃねえか。」
「ほんじゃ、その頃”ちんち様”でな。」



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太々神楽(3)

午前十時、”ちんち様”の山裾にある鳥居の前でみっちゃんが待っていた。
桜の木の下の2軒の出店には、子供を負ぶった老婦人や子供たちが群り”ぶっかき飴”や”酢イカ”、水あめ”などを頬張っている。
「みっちゃん、かあちゃん銭くれたんけ!」
「うん、かあちゃんにせがんで幾らか貰ってきた。」
「とっちゃんはどうだった。」
「俺も、かあちゃんから貰ってきた。」
「どうする、とっちゃんここで何か買ってくけ。」
「後でいいんじゃねえか、あんまりめぼしい物ねえから上へ行ってからかあべ。」


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太々神楽(4)

”トッピィ〜ヒャラリィ〜、トッピィヒャロ””シャーン、シャシャ、シャーン””ドーン、ドド、ドーン”
拝殿では太々神楽が既に始まっていた。
神々を崇める笛や太鼓、鈴の音色が入り乱れ、鎮守の杜はその賑わいにすっぽりと包み込まれていた。
拝殿の中央では、白い衣装に羽織をつけ赤い袴、頭に冠を載せ女の面を付けた”第十座の”八幡巫女の舞”が演じられていた。
「とっちゃん、いまんとこ”だいだい”つまんねから何か買ってくっぺよ。」
「ほだな。」と言って、境内の周りに出ている出店の方に行ってみた。
テントを張った出店は間口6尺程で、セルロイドのお面や風車を売る店、焼きイカや今川焼きを売る店、ブリキのおもちゃなどを売る店や綿菓子を売る店など七軒ほど出ていた。
ここでも群っているのは子供だけ、薄汚れた黒い学生服に学帽を被り、尻に継ぎ当てしたよれよれのズボンを穿きしゃがんで品定めをしている者。
おかっぱ頭に赤い綿入れ半纏、しもやけた真っ赤な手をした女の子。セーターの上に黒い絣の綿入れ半纏を着て、天気が良いのに何故か長靴を履いている男の子。
どの子を見ても鼻の下は埃で薄汚れている。半纏の袖口で鼻を拭くため、袖口は鼻水が固まってかぺかぺしている。
履物も下駄、草履、長靴、短靴などいろいろで靴下など履いていない。
「おじちゃん、これいくらだい!」
「10円だ!」
「これは!」
「5円!」
「こらっ!きたねえ手でそっちこっちさわんじゃねえ!」
「かわねんだら、あっち行ってろ!」
子供たちはそんな事にはお構いなし、親からもらった少ない小遣いの中で品定めに夢中である。
「みっちゃん、何か買ったけ。」
「まだ、買ってねんだ。」
「ほんじゃ、二人で水飴でも買って”だいだい”見にいくべ。」
「あとは、終わってからゆっくり買あべよ。」
舞台の上では、ひょっとこの面を付けて滑稽に演じる第五座の”安河原道化の舞”を演じていた。

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太々神楽(5)

第十五座の”安河原道化の舞”は神が剣を造る様子を演じたもので、神と神の下僕として”ひょっとこ”の面を被った道化が登場する。
道化二人で”鍛治屋”の道具を担ぎ、舞台の中央で”刀鍛治”の様子を面白おかしく演じている。
道化役の二人はすでにある程度のお酒が入っており、酔った威勢おいで演じるその様は私達子供にとっても大変な人気であった。
神楽で道化の出てくる場面の時は見物人が舞台の周りに集まって来て声を上げて笑いこけていた。

「みっちゃん、腹へんねけ!」
「うん、腹減った。もうお昼だかんな。」
「昼、どおする。焼きそばでも買ってきてたべっけ。」
「いいよ、とっちゃん、銭もったいねえよ、俺、父ちゃんとこ行って何か貰ってくっから。」
みっちゃんはそう云いながら拝殿横の楽屋へと駆けて行った。
みっちゃんの父ちゃんは、太々神楽の中で一番勇壮で人気のある”第二十座””岩戸の舞”の荒神手力男を演じる村一番のヒーローでもあった。

”岩戸の舞”は古事記に出てくる日本神話を元に創られた演目で、天照大神がスサノウノミコトの暴状を怒り天の岩屋に篭ってしまった為、大力の神”荒神手力男”が天岩屋戸を開いて天照大神を出したと云う神話に基づく舞である。

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太々神楽(6)

勇壮で迫力のある”岩戸の舞”を演じ終えたみっちゃんの父ちゃんは舞台の中央に立ち、激しい演技の為か肩で大きく息をして呼吸を整えている。
タジカラオノミコトの面を付けた顔の顎からは汗が滴り落ちていた。
第二十四座”稲田姫命の舞”から第二十八座”須佐之男命の舞”までは、この神楽の第二のクライマックスであり、中でも古事記に出てくる神話”八俣の大蛇”は”岩戸の舞”に継ぐものである。

”八俣の大蛇”
出雲の土地へとやって来た須佐之男命は、肥の河(島根県斐伊川)の上流にある鳥髪という所でアシナヅチとテナヅチの老夫婦に出会う。
二人は酷く泣き悲しんでいて須佐之男命が問いただすと、この老夫婦には八人の娘がいたが、北の土地から来る”八俣の大蛇”に毎年一人づつ食べられてしまい、今年はただ一人残った”クシナダ姫”が大蛇の生け贄にされてしまうのが悲しくて泣いているのだ。
老夫婦は、須佐之男命に大蛇を退治して欲しいと懇願するのである。
”八俣の大蛇”は眼は火の玉の様に不気味に輝き、頭と尾が八っに分かれていて胴体の長さは八っの谷、八っの山を越えるほど大きな恐ろしい大蛇であると言う。
そこで須佐之男命は、この大蛇に強い酒を飲ませて酔わせ、寝ている間に退治すると言う神話である。

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太々神楽(7)

”ひょっとこ”は舞台の中央に張りぼてで出来た土器風の酒壺を置いて大蛇が現れるのを待っている。
大蛇は紫地の装束にくすんだ黄の袴を穿き、龍の頭とも思える被り物を付けて出てきた。
ここの神楽に登場する”大蛇(おろち)”は、他の里神楽に見られるような”とぐろ”を巻いた大蛇ではなく紫地の衣装を羽織っているだけである。
しかし、一人演技としては蛇独特の動作を表現し、十分見応えのある大蛇でもあった。
左右を見渡しながら舞台の周りを蛇がのたくる様にゆっくりとした足運びで周る大蛇は中央に置かれた酒壺へとやってくる。
その大蛇の出現に驚き慌て、二人で抱き合ってみたり、隅柱に抱きついて見せたりして逃げ惑う”ひょっとこ”の動作も面白かった。


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太々神楽(8)

八俣の大蛇は須佐之男命によって見事に退治されて切り刻まれ、その尾の中からあの有名な”草薙の剣”を授かる場面が演じられた。
この後、狐のお面を被り、鈴と榊を持った八狐と道化が演じる第三十二座”天狐の舞”、これは種蒔きに一匹の白狐が現れ、土を掘り返して種を食い荒らす白狐を懲らしめようとする農夫に扮したひょっとこが白狐に馬鹿にされる様子を面白おかしく演じるもので、やはり子供達には人気があり大人と一緒になって笑いこけていた。

「とっちゃん、あと少しで恵比寿、大黒が出てきて終わりだなぁ〜。」
「そろそろ、何か買いにいくけぇ〜。」
「まだ、いいんじゃねぇかぁ〜。最後の餅撒きまで見っぺよ!」
「それから買いに行っても遅くねぇからよぉ〜。」
「ほんじゃ、そおすっぺっ。」

舞台の上では第三十五座”恵比寿の舞”が始まった。
釣竿を担いだ恵比寿様とひょっとこ2人、そして数本の足のついた縫いぐるみの蛸が出てきた。
恵比寿様は舞台上から釣竿を見物人の方へ出し、張りぼての鯛やおひねり、品物などを見物人から付けてもらって釣り上げる真似をしている。それに合わせてひょっとこ2人も面白おかしく鯛釣りの真似を演じていた。
そして、いよいよこの太々神楽の結びの舞、豊年満作、家内安全、四海安泰を祈願した第三十六座”大黒の舞”である。

「みっちゃん、最後の餅撒きだから前にいくべよ!」
「餅、何個ぐれぇ拾えっかな〜。」
「5、6個ぐれぇは拾えんじゃねぇかぁ〜。」
「正月以来の餅だかんなぁ〜。なんとか拾わなくちゃ!」

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太々神楽について。

想い出のエッセイ”太々神楽”が第8章にて完結致しましたが、読み返してみると不自然な表現が多々ございました。
再度文面の校正をした上でメインサイト「五月の風」の”春の雑木林”にUPしようと考えております。
どうぞ宜しくお願い致します。

太々神楽の第一章から完結章まで”カテゴリー”の”徒然”にて読むことが出来ます。

終戦記念日

とうもろこし畑



先日、読売新聞の「昭和戦争」本誌検証報告を読んだ。
一年ほど前から毎週一回掲載される特集記事だ。
毎回欠かさずに読んできたが新聞社の特集記事だけあって内容も濃く読み応えがある。
今、靖国問題で世論が揺れ動いているが、一年間通して読んでみて戦争責任は誰にあったのかも知ることが出来た。
今まで、戦記物はいろいろと読んではみたが、この様な戦争の核心に触れた内容の濃い読み物は今までに読んだことがなかった。
改めて、悲惨な戦禍に国民を陥れた無意味な戦争を再確認できた。
明日は終戦記念日、私は戦後生まれの団塊の世代、あの悲惨な出来事は分からない。しかし悲惨な戦争は二度と起さない事を祈りたいものです。

私のメインサイト「五月の風」でも終戦記念特集をUPしました。
私の父の手記”おやじの戦記”なども載せてあります。
どうぞ、ご覧ください。

「五月の風」
”おやじの戦記”
”戦争を語り継ごう”では軍隊の中でおやじの戦記が紹介されています。

遠い夏の日

イメージ写真



私の夏の想い出は、空襲に備えて村の神社の仮教室で過ごした侘しい日々のこと勉強はおろか、ただひたすら黙々とかぼちゃの種を剥いていました。
そう云えば、あの剥いたかぼちゃの種どうしちゃったのかしら。
当時は雲の峰を見ながら、想像するのは食べ物のことばかりでした。

      “つれづれの 遊びごころや 雲のみね”
                         (文章・詠み人  麗さん。こぶし町在住の方です。)

終戦
私は戦後生まれなのであの”あっ〜ぃ夏”の出来事は分かりません。
しかし、二度と起こしては為らぬ悲惨な戦争。
森山良子の歌う”さとうびき畑”が何故か私の頭の中を空白にしてくれる。

乾いた大地に”ギラギラ”と照りつける太陽。
群青の空を突き抜けるかのような、雲の峰。
何処までも続く”さとうきび畑”。
真っ青な空の下、果てしない緑の大地に波のように静かな”うねり”。
そこで繰り広げられた悲しい出来事。
「ざわわ、ざわわ、ざわわっ。」
”さとうきび”は何も無かったかのように、そよぐ風に揺らいでいた。
(may wind)


「五月の風」
”おやじの戦記”
”戦争を語り継ごう”では軍隊の中でおやじの戦記が紹介されています。

感動ワールドジャーニー

私は釣りを25年も飽きずに続けている。
しかし、最近は年に2、3度、近くの渓に行く程度になってしまった。
やはり、年のせいか趣味としての釣りに飽きてきたのかもしれない。
でも、若い時に覚えたフライフィッシングには今でも深い愛着があり、シーズンオフには、その手の本を読み漁っていた覚えがある。

つい最近の事だが、行きつけの本屋さんで「感動ワールドジャーニー」という素晴らしい本に出会った。
小野芳司さんが書いたもので、世界各国を旅した中から感動編として12ヶ国の素晴らしさを紹介したものである。
私がこの本を手にしたきっかけは、あの著名な作家”開高健”の文字が目に止まったからである。
ご存知のように「オーパ!」など”開高健”の釣の著書は有名である。
そのような訳で期待しながらこの本を読んでみた。
私が「感動ワールドジャーニー」の中で、特に感動したのは”アラスカ”編と”モンゴル”編である。


アラスカ

アラスカはスポーツフィッシングのメッカでもあり、フライフィッシングを愛する私にとって、一度は是非訪れてみたい国でもある。
フィッシングの紹介では迫力ある文章に”ワクワク・ドキドキ”し、また、まだ見た事もない”オーロラの神秘”にも感動してしまった。


モンゴル

モンゴルの紹介では大草原での癒しの体験談に感動してしまった。
私は、30年も前から雲の魅力に惹かれて””の写真を撮っている。
果てしない大草原の中で、風の音を聞きながら天空に浮かぶ変化に富んだ真っ白な雲を寝転びながら一日中見ていたい。
モンゴルの果てしない大草原を想像しながら、私はカメラのファインダーを覗き込む。
素晴らしい!
この本は、そんな癒しと感動を私に与えてくれた。
この素晴らしい二つの国へは機会があったら是非訪れたいと思う。

詳しくはジャパンネッワークツアーへ。
格安アラスカツアー



受講を終えて。

日光


八月からIT専門学校で受講していたWebエンジニア科・三か月コースの講座が先週無事終了した。
受講生は、二十代の若者から六十代の方まで男女合わせて二十名のクラスであった。先生は若い方でとても分かり易く丁寧に教えて下さった。そして、この受講を通して多くの素晴らしい仲間たちと出会うことが出来た。
先週の木曜日にはその終了式が行われ、憧れの修了証書を頂くことが出来た。
その為にこの三ヶ月間、朝九時半から午後四時半まで休まずに毎日通うことが出来た。

カリキュラムはネットワーク概論・HTML・CSS・JavaScript・PHPとPhotoshopによる画像編集・FLASHMX・DreamweaverMXなどでWeb制作に必要な技術を学ぶことが出来た。
でも、JavaScript・PHPプログラミングの難しさと奥の深さには霹靂としてしまった。
そして最後の仕上げには修了作品制作としてWebサイトの制作が待っていた。私は以前から撮り溜めてあった奥の細道の写真を基に10ページほど作ってみたが私としてはまずまずの出来栄えであったと思う。
しかし、何故かしら飽きたらづ以前ブログに載せたデータを基に再編という形で新しいサイトを作ってみた。
これから暇を見て徐々に追加更新していこうと思う。
どうぞ新しいサイト、ご覧下さい。

"奥の細道 in 栃木"


迎春

鬼怒川にて



新年明けましておめでとうございます。
本年も 「五月の風」 「風のつぶやき!」 「May's Room」 をどうぞ宜しくお願い申し上げます。
本年も銀塩モノクロに拘りながら撮っていこうと思っております。
また、 「奥の細道in栃木」 こちらも随時更新致しておりますので宜しくお願い申し上げます。



ipod

ipodnano


2008 新たな年を迎えて初めての投稿です。
今までに何度も買おうかと気に留めていたipodを新年早々手に入れた。
昨年秋に新発売となったipodnanoである。
今まではCDプレーヤーにお気に入りの曲を一枚入れて長年我慢して使ってきたが、散歩するにもポケットに入りきれずポシェットに入れて楽しんでいた。
それがどうだろう。幅5cm高さ7cm厚さ6mmの名刺より小さいメタル仕上げの本体の中に1000曲もの音楽が入ってしまう。驚きである。
一番気に入ったのは本体の頑丈さである。今までの様にぶつけたりして蓋が割れてしまう様な事は無さそうなので安心して屋外でも使える。
今はお気に入りの曲や好きな落語などを数十曲入れて暇があるときにはポケットに突っ込んで楽しんでいる。
これから益々寒くなるが、朝の散歩が楽しくなるのは言うまでもないだろう。


ipod

ipodnano

ipodnanoの扱いにもようやく慣れてきた。
と言うよりも、ハードに関する扱いは非常に簡単なのだが、データーを取り込むソフトの扱いがなかなか面倒くさいような感じがする。
ipodの専用ソフト”itunes”である。
購入した時は、その様なソフトもインストールされていてPCにつなげばすぐにでも音楽が聴けるのかと思っていた。
しかしである。
まず最初の難関が待っていた。
それは私が使っているPCは昔のMe、このOSではipodnanoは動作しないことでありXPかVistaに換える必要があった。
いままでは、私のPCの環境はMeで十分であった。
写真の取り込み、Photoshopによるレタッチ、Flashの作成、そしてWebの更新となんら支障もなく、あえてXPやVistaに変える必要はなかった。ただ頻繁に起きるフリーズには閉口していたが我慢して使い込んでいた。
しかし、ipodを楽しむためにはどうしてもXPかVistaにアップデートしなければならない。
最新のPCを買うにも予算的に無理。費用を最低限に抑えてアップデートすることにした。

[追記]
新年に入り数ヶ月ぶりにメインサイト「五月の風」のTOPページの写真を更新しました。
写真は数年前に渡良瀬遊水地で撮ったものです。
本年も「五月の風」も宜しくお願いいたします。

「五月の風」

ipodnano(一)

夜の公園にて


Meのメインメモリーは125M、これではXPの動作環境には不足すぎる。
1Gは欲しいのだが費用を抑えるために友人に125Mを譲ってもらい最低限の250Mとした。
後はXPのOS、これは量販店でHomeEditionバージョンアップを値引きしてもらってGet。
周辺機器のドライバーもXP用に入れ替え、今までのソフトも難なくクリアー。
これでXPに乗り換えられた訳である。
やはりMeより非常に安定している。

早速ipodの専用ソフト”itunes”をインストールしてみた。
しかしipodに繋いだものの手順が分からない。
ipod本体の説明書は折り畳んだ紙切れが一枚入っているだけで、非常にシンプル?な取説である。
まずは一番簡単そうなCDからの読み込みをしてみた。
本体をUSBポートに差込みPCのCDドライブにセットするだけで後は勝手にやってくれる。
非常に簡単である。お気に入りのCDを20枚ほど入れてみた。
音質も以前使っていたCDプレーヤーとほとんど変わらないようだ。

ipodnanoについての面白いサイトがある。
ipodnanoなの

ipodnano(二)

ススキ


昨夜はお気に入りの写真を入れてみた。
30年も前に撮ったお気に入りの写真を30枚ほど入れてみる。
最初、解像度をどの位までに落とせばいいか分からない。
とりあえずサイトにUPしたサイズで入れてみた。
モノクロなので約15KB〜20KBで数枚入れ様子を見てみた。
幅5cm高さ7cmのモニターに映し出された画像は美しく、ポジフィルムを見ているようで素晴しいの一言に尽きる。
デジカメで撮ったカラー写真もレタッチせずに入れてみたがこれも素晴しく美しい。
これからは撮った作品をネット上で見てもらう必要もなく、お気に入りの作品をipodに入れて友人たちに見てもらおうと思っている。
小さくて胸のポケットにスッポリと入り、丈夫で手軽で電池は長持ち非常に便利なスグレモノです。

Mac/iPodなどAppleユーザーのSNSです。
Mac/ipod User SNS MacDock

08’新春 上南摩から

梶又地区


新しい年を迎えて3ヶ月ぶりに上南摩地区を訪れてみた。
西沢地区から県道を進むと左側に粟野へ抜けるT字路がある。
その先の杓子沢地区では南摩ダムによって水没する県道の迂回道路の工事が昨年から始まっている。
この道は付替県道上久我都賀栃木線(6.4km)で、山の中腹を縫って通る道であり、2基の橋梁と全長637mのトンネルが出来るそうである。
上南摩小学校の先では道路の拡張工事や迫り出した山の岩盤の掘削工事も始まっている。

上南摩地区の写真(銀塩モノクロ)と手記を綴った
「上南摩」

【“08’新春 上南摩から”の続きを読む】

ipodnano(三)

戦場ヶ原


ipodの操作にも慣れ、今は新聞各社が配信しているニュースなどのポッドキャストを入れて毎朝楽しんでいる。
朝、忙しくて新聞などを読んでいる時間がない時などはとても重宝かと思う。
私が良く聞いているのは読売新聞社のポッドキャストだが、他社のものより内容が充実しているように感じる。
また、毎週月曜日から金曜日の夕方TBSで放送している”荒川強啓デイ・チャッチ”これも好きである。
以前は車の中でよく聞いていたが最近は内勤が多く聞けずにいた。
家に帰ってきてからipodに入れるのであるがこれも楽しみの一つである。

荒川強啓 デイ・チャッチ

田中正造物語 −下野新聞連載企画 -

旧谷中村遺跡


新年から我が郷土の新聞”下野新聞社”のサイトより130周年企画として「田中正造物語」が連載されている。
私も最近になってこの企画を知り、毎回楽しみにしてみている。
古い写真もあり、鉱毒事件に一生を捧げた事などがかなり詳しく書かれている。
現在16回目だがこれからの続きが楽しみである。

私も数年前に城山三郎の「辛酸」を読んでから足尾鉱毒事件に興味を持ち、足尾銅山や渡良瀬遊水地内に保存されている旧谷中村遺跡などを撮ったことがあった。
写真は旧谷中村遺跡であるが、私のサイトにも載せてあるのでご覧ください。
また、田中正造の生涯を描いた映画「赤貧洗うがごとき」も全国で公開されており、是非ご覧いただきたいと思います。

下野新聞
「田中正造物語」下野新聞社

五月の風
谷中村
閉山

赤貧洗うがごとき
赤貧洗うがごとき-田中正造と野に叫ぶ人々-

ipodnano(四)

湯の湖にて


今回はipodnanoのメモ機能を利用してみた。
いつものとおり、マニュアルが手元にないのでAPPLEのサイトで確認しながら操作してみたが意外と簡単であった。
私はいつも家族の誕生日を忘れてしまう。(私だけだろうか?)
妻からは、「いいかげんに家族の誕生日くらい覚えたら!」と耳が痛くなるほど云われて来た。
妻から小言を言われるくらいなら気に留めないのだが、役所などで家族の誕生日を記入する時、手帳を忘れてしまった場合は非常に困ってしまう。
妻にいまさら聞くわけにもいかない。
その様なわけで、ipodnanoにメモとして備忘録を入れてみた。
容量もたっぷりあるのでいろいろな情報を入れ、メモ帳代わりにしてみようと思う。
これからはポケットの中に忍び込ませて重宝したい。
先日は暇を持て余していたので、サイトを若干改良しRSSフィードやサイトのQRコードを追加してみた。

写真は奥日光の湯元温泉で撮ったものである。

くらべる一面:新s あらたにす を読んで

戦場ヶ原(奥日光)


先日から始まった朝日新聞、読売新聞、日経新聞3紙が配信するニュースの読み比べが出来る”新s あらたにす”を興味深くみている。
各社それぞれの独自性は出ていると思うが、社会面などは取り上げるニュースの違いはあるもののテレビジョンで毎日のように放送されているそれと変わりはない。
一番興味ある記事はやはり各社の社説であろうか。
また、各社一面記事の下部に書き込まれる天声人語などのコラム、私は読売新聞を愛読しているが朝時間がない時などは一面トップと”編集手帳”だけは必ずトイレで読んでいる。
私にとって社説はいまだ読みにくいのだがこれだけは手軽なので読んでいける。

いままで、グーグルニュースなど各社の配信をブックマークからいちいち拾って読んでいたが、これからは”あらたにす”の配信一面をみるだけで情報を比較出来る。
素晴しい企画ではないかと思う。
これからの斬新な企画アイデアを期待したい。
またRSSフィード配信もお願いしたいところだ。

新s あらたにす

写真は厳寒の奥日光戦場ヶ原です。

openofficeを使ってみて。

未明から降りつづけている雪が5cmほど積もった。
今年になって初めての積雪だ。
いつものお気に入りの公園へカメラをぶら下げて雪の公園を散策するのも好いのだが
やはり寒さのせいか億劫である。

昨日、以前から使ってみようと気に留めていた”openoffice”をダウンロードしてみた。
マイクロソフトのオフィスと互換性があるフリーソフトである。
いままで自宅ではoffice2000をつかっていた。これでも十分なのだがやはり最新版が
欲しい。しかし最新版を買うとなると数万円はする。
そのような訳で”openoffice”をダウンロードしてみた。
ワープロ、カルクはマイクロソフト社と同じ感覚でストレスなく十分に使える。
一番気になるのはデーターベースソフトである。

openoffice

【“openofficeを使ってみて。”の続きを読む】

openofficeを使ってみて(二)

風雪一過、今日は朝から青空が広がり、昨日降った雪面からの反射が眩ししく感じる。

昨日、”openoffice.org Bace”を使ってみた。
使い勝手は今までAccessを使ってきたので難なくクリアー出来た。
ただ、解りづらい点はヘルプを見ながらなのでちょっと大変だったが慣れてしまえばそんなに苦にはならないだろうと思う。
Accessからの互換性もよく、フォームデザインの手直しだけで済んだ。
機能の面ではAccessに劣らないなかなかの優れものと思う。
それに気を好くし、以前使っていたLotus社のアプローチの互換性を試してみた。
バージョンはSuperOffice2000である。
たまたま、フロッピーに保存していたデーターがあったのでそれを読み込んでみた。
すんなりと読み込み完了。
やはり、Accessと同じくフォームデザインの手直しはしなければならなかった。

今までの私なりの簡単な検証ではビジネス面で十分機能は発揮できると思う。
フリーソフトとして機能的には十二分、あとはどのような場面で利用していくかである。
これからは、ライセンスが必要な高価な市販ソフトを使うまでもないと思う。

OpenOffice.org 日本ユーザー会

openofficeを使ってみて(三)

毎朝、庭の隅にある手作りの餌台にみかんを載せている。
数分たつと、何処からか二羽の目白がやってきて回りを気にしながらみかんを啄ばんでいる。
つがいだろうか。鶯色の小さな体、白に縁取りされた目がとても愛らしい。
たまに、ヒヨドリがやってきては独り占めしてみかんを啄ばんでしまう。
そんな光景をみていると何故か心が癒されてしまう。

昨夜からopenoffice baseで簡単な住所録を作ってみた。
アプローチやAccessでは以前に作ったこともあるが、今は住所録ソフトで簡単に出来るのでデーターは保存していなかった。
テーブルウイザート、フォームウイザートを利用して30分ほどで完成してしまった。
作成の操作はウイサートを利用するのだが、アプローチやAccessに比べるとちょっとぎこちない感覚ではある。
各機能は十分すぎるほど付いていると思うが、やはりフリーソフトかなとも思える。
使ってみた私の感想としては、Lotus社のアプローチが一番使いやすかったかなと感じられた。

こちらのサイトにopenoffice baseの簡単な使い方が載っています。
Webサービス ニュース


しもつかれ

今日は初午。
我が郷土栃木県では、郷土料理として有名になった”しもつかれ”を作ってお稲荷様にお赤飯と一緒にお供えする風習がある。
しかし今では農村地区の伝統行事になってしまったような気がする。
我が家でも昨日”しもつかれ”を作ってみた。
今ではスーパーに年中置いてあり、あえて作る必要はないのだが我が家のオリジナルとして作ってみた。
が、いつでも食べる人は決まっていて私と妻だけ子供達は誰も食べない。
(その出来合いを見ると食べる意欲がなくなってしまうのだろう。)
でも食べてびっくり、この様な美味しい物を食べないなんて、云わば”食わず嫌い”と言うものであろうか。
そのような訳で一番食べる人(どんぶりてんこ盛りで軽く一杯は食べられる。)が作る羽目になってしまった。



【“しもつかれ”の続きを読む】

しもつかれ(二)

昨日も前回に引き続き栃木県の郷土料理”しもつかれ”に挑戦してみた。
作り方は前回と同じく、もつともポピュラーな作り方である。
今回は写真を撮ってみたので紹介してみようと思います。

素材

素材はこれだけ。
左上から新巻鮭の頭、大根と人参のすりおろし、鬼おろし、左下から煎り大豆、酒粕、油揚げ。


素材

左上から細かくきざんだ酒粕、小さくきざんだ新巻鮭の頭、左下から短冊に切って湯通しした油揚げ、皮をむいた煎り大豆。

仕上り

完成品
これを見て、皆さん何を連想するのでしょう?



裁判通達書?

裁判通達書


今日、一通のハガキが妻宛に届いた。
差出人は東京管財センターなる所でハガキの裏面には裁判通達書?とある。
妻はハガキを見て裁判絡みの通達書なので随分と驚いたらしく慌てふためいてしまったようだ。
私はその通達書をみてすぐさま詐欺紛いのハガキと直感した。
いままでにテレビや新聞などでこの手の口の詐欺が蔓延していることを知っていたからである。
ついに我が家にも来たかと内心ほくそえんでしまった。
実際、どのような物かと確認してみたかったからである。
ただ、後が厄介になるのは嫌なのでからかい半分で電話を掛ける勇気はなかった。
すぐさまネットで検索してみたがこの手の記事がGoogleだけでも40200件の関連記事があることにも驚いてしまった。
しかし、事情が知らないお年寄りなどはこの様なハガキが来れば驚いてハガキに記載してある電話に問い合わせてしまい被害に遭ってしまうのではないだろうか。
このような時、絶対に記載の連絡先に問い合わせてはいけない。
完全無視に徹しよう。

財務省からの警告

以前、オレオレ詐欺が流行っていた頃、私の携帯電話に息子を名乗る者から