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「村の写真集」

先日、ネット仲間の掲示板で「村の写真集」と言う映画が各地で公開上映されているのを知った。
早速、正式なサイトへ飛んでみた。
ストリーは。

とある山間にある村・花谷村-
美しいその村が、ダムに沈もうとしている。避けられない運命に対し、村役場は、村のすべての家族を写真におさめることで、花谷村の美しさを永遠に残すことを考える。依頼を受けたのは、村の写真屋、高橋研一と東京で写真家を目指す息子の孝。なぜ父は決して親密ではない息子を、助手に指名したのか。一軒一軒、険しい山道を歩き、写真を撮り続ける2人。頑ななまでの父の背中に、しだいに息子は何かを感じ始める・・・。

私もネット上で調べただけで映画もまだ見た事がないしストリーの詳しい内容はまだ把握もしていない。
ただ、先祖より長年住み慣れた故郷を捨てなければならないダム建設に伴う運命。そして建設予定地に住んでおられる地元住民への移転問題や用地の補償問題、さらに再生活への補償問題が必ず付いて回りる。それを巡って必ずや住民の心は不安に揺れ動く。
多分、この映画ではそれによって巻き起こる様々な出来事を、写真館の頑固な父と写真家を目指す息子のカメラを通した違った視点でこの村の様子を描いているのではないかと思う。
いずれにしてもまだ作品を見ていないので空想に任せるほかない。

以前、ここで紹介した多摩川上流に位置する東京府小河内村を巻き込んだダム建設に伴う移転地や生活の補償問題を巡って村民の心が揺れ動き最終的には暴動へと発展する石川達三の書いた「日陰の村」を私は何故か想い出さずにはいられなかった。
そして、それ以上に私の目に焼きついている増山たづ子さんの写真集「故郷 ~私の徳山村写真日記」が忘れられない。

そして今、私が3年程前から拘って撮り続けている、上南摩地区。
ここもダム建設の是非を巡って未だ揺れ動いている。水没する地域の補償問題は数年前に和解合意して最近この地区の住民の全てが代替地に新居を得て離村が終わりました。
しかし、ダムサイト直下域の住民に対してはまだ和解も得られずに揺れ動いています。
私にはこの映画の舞台となった花谷村と上南摩地区が同じ境遇の様で、どこか意味通ずる”何か”があるのではないかと思う。
その為にも是非、この作品を見て感動したいと思っています。
ただ、上映公開予定地として栃木県が入っていません。ダム建設問題で未だに揺れ動いている地区を持つ栃木県でも是非、この素晴らしい「村の写真集」を公開上映して頂きたいと思うのであります。

「村の写真集」のサイトにあるBBSに私の投稿記事も載せて頂きましたが、そこでこの作品が栄誉ある”上海国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀男優賞を受賞”したとの記事と受賞を喜ぶ声がたくさんありました。
栄誉ある受賞本当におめでとうございます。

「村の写真集」の公式サイトはこちらです。
「五月の風」のTOPページにもリンクが張ってありますので是非ご覧になって見てください。
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  1. 2005/06/20(月) 22:24:16|
  2. 南摩
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2005年。初夏・南摩。

buok6m.jpg



2005年 初夏・南摩
新緑の季節が終わり、南摩川沿いには田植えの終わった田が幾面も広がって周りの山々、林や森は次第に緑の色を濃くしている。苗の生え揃った田んぼには映し出された上南摩の山々を初夏の風が微かに揺らしていた。
ダムサイト予定地の下流に開ける室瀬の里は、いつもと変わらずに深緑の中にひっそりと溶け込んでいる。
南摩川を挟み込む山が最も狭いダムサイト予定地から上梶又へと向かった。
途中、水資源開発機構の管理下に置かれているためか、かつて住民の宅地であった入り口にはすべてロープが張られ、この区域内への無断入山や不法投棄を禁ずる立て札が所々に立てられていた。
この地に残された建造物は公民館、消防小屋、火の見櫓、廃校となった梶又小学校の旧校舎、浅間神社、そして開発機構の仮設の工事事務所、それ以外の建物はすべて撤去されてしまった。
村を貫く一本の道の脇には、民家のコンクリートの基礎だけが夏草に埋もれて無残な光景を曝している。
しかし、この地で只一軒だけ廃屋となった茅屋が撤去されずに残っている。
先日、この茅屋の前を通ると南摩川に掛かった橋の入口に張られた鎖が外され、茅屋の玄関や雨戸が開け放たれていた。
玄関の土間や家の中は箒で掃き清められ、茅屋の庭を覆っていた夏草も綺麗に刈り取られている。
誰もいない山の中に只一軒だけ取り残され打ち捨てられたように建っていた茅屋が何故か異様に感じられた。
私は車を降りて聞いてみた。
近々解体撤去するので、家の中に安置された仏様を新居に移すためにこれからお寺様をお迎えして供養するのだそうだ。
茅屋の薄暗い座敷の入口に整然と揃えて置かれた3足の真新しいスリッパが何故か印象的であった。その様は、これまで数十年と続いた南摩ダム水没地区住民のすべての苦悩がこれで終わったのだと3足のスリッパが諭している様にも感じられた。
そして間もなく、この茅屋の撤去と共にこの地区のかけがえのない長い歴史に終止符が打たれるのであろう。
(五月の風・TOP写真と南摩「最後の来客」より)

skihi4m.jpg




追記。
それから数日経ってこの地を訪れた。しかし、この茅屋は解体されることなく悠然と建っていた。
だが、南摩手記にも書いてあるこの茅屋の前の南摩川を隔て小高く盛られた塚(墓地)は掘り返され完全に撤去されてしまっていた。
  1. 2005/06/15(水) 00:00:00|
  2. 南摩
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高積雲

kumo050520m.jpg


フジフイルムミニコピーHRⅡ
ISO32、f:11、1/30
現像液、コダックD-76・20℃原液・7分処理。


  1. 2005/06/13(月) 06:58:11|
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コピナール現像。

[作例1]
kumocp01m.jpg


[作例2]
kumocp02m.jpg


[データ]
SIGMA 28mm F:1.8  UVフィルター
フジフイルムミニコピーHRⅡ
ISO32、f:8、1/250 (スタデラⅡにて測光)
現像液、フジコピナール・22℃原液・4.5分処理。


頼んでいた現像液フジフイルム・コピナールが来た。
1リットル用で中には2種類の薬品が入っていた。
説明書通りに溶解し、今日の朝撮ってきたフジフイルムミニコピーHRⅡを現像してみた。
かなり粒状が細やかで超々微粒子ではないかと思う。これなら全倍に伸ばしても粒子の荒れは気にかからないのではないだろうか。
雲の生態を撮るには最良の組み合わせなのかもしれない。
ただ風景の露光はフイルム記載のとおり、ある程度の試行錯誤が必要と思われた。これらの処理によるフイルムの粒状性は今までにない素晴らしいものであった。
是非、お試しあれ。
  1. 2005/06/05(日) 16:55:24|
  2. モノクローム
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写真について(七)

その当時使っていた150万画素のデジカメの描写にはWeb上では何の不満もなかった。
とちぎ花博の会場で朝撮ってきた画像をPCのレ・タッチソフト、AdobePhotoshop5.0で画像を処理、そしてすぐさまWebにUP、デジカメの速効性、これはまさに写真に於ける一大革命ではないだろうか。
しかしデジカメ市場に於けるメーカー間の熾烈な競争、これによってデジカメの性能はますます向上し、今や画素数は800万画素以上、また取り扱いも至極簡単になり全てがオートマチック。ただ被写体にカメラを向ければ誰でもが美しい写真を間違いなく撮れる、ウン十万円もする高級な一眼デジタルカメラも今や一昔前の”バカチョンカメラ”と同列になってしまったのではないだろうか。(これはあくまでも私の独断的偏見なる解釈ですので)。
写真関係のWebサイトは今や星の数ほど(私も含めて)あるがどのサイトをみても有名な写真家が撮ったのではないかと思えるような素晴らしく美しい綺麗な作品が目白押しである。
そう言う私も例に漏れず、その後新しく手に入れたコンパクトデジカメで綺麗な写真を追い求め、気に入った作品を見ては悦に入る毎日であった。
そんなある日、写真家のサイトをネットサーフィンしていてある写真家のWebサイトに出会った。そのサイトは全てが銀塩モノクロームで構成され掲載された作品のモノトーンの素晴らしさ美しさに魅了されてしまった。
そうだ、これだ!。カラーだけが写真ではない。
昔のように写真の原点に戻ってモノクロームの素晴らしさを再現してみよう。そして拘る以上は銀塩モノクロフイルム、デジカメで撮りレ・タッチソフトでグレースケールに変換する手法もあるが拘る以上は原点からやってみよう。
一眼レフカメラは以前に買ったミノルタα303siと埃を被ったペンタックスSPFがあった。別に銀塩を始めるからといって新しいカメラを買う必要もない、機械が正常に動くのとレンズにカビなどがなければそれで十分である。しかしSPFの平均測光機能は完全に壊れていた。でも露出は303siで十分代用できた。
休みの日、撮影に行くときはこの二台のカメラにモノクロフイルムを詰め、モノクロに合う被写体を求めて徘徊していた。
日光、足尾、渡良瀬遊水地、そしていまだに拘っている上南摩へとのめり込んでいった。
最初、フイルムはラボへ出していた。しかしモノクロフイルムは需要が少ない為か仕上がりが遅く10日ほど掛かってしまう。露出具合(写真の出来具合)を確認するためにも10日という時間は余りにも長すぎた。
こうなったら自家現像しか方法はない。しかし昔やってはいたがすでに30年も前の事である。処理が出来るかどうかそれが不安であった。
早速、フイルム現像に必要な機材・薬品などを買い揃え、資料を見ながら昔の感覚を想い出し次第にフイルム現像の魅力にとりつかれていった。
(この様子は”フイルム現像顛末記一.二”としてこちらこちらに綴ってあります。)

  1. 2005/06/04(土) 00:00:00|
  2. 写真について。
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kumo050524m.jpg



フジフイルムミニコピーHRⅡ
ISO32、f:11、1/30
現像液、コダックD-76・20℃原液・7分処理。

  1. 2005/06/03(金) 20:17:04|
  2. | トラックバック:0
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