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句碑・大前神社(真岡市)

一聲は江に横たふやほとゝきす


”一聲は江に横たふやほとゝきす ”  -宮崎荊口宛書簡-

明治三年(1970)10月
五月女菅湖建立
真岡市東郷九三七
大前神社


大前神社は千五百有余年の永い歴史と伝統に育まれた延喜式内の名社です。
ご祭神はだいこく様(大国主大神)と、えびす様(事代主大神)で、家内安全・交通安全・厄除開運・縁結び・金運招福・商売繁盛・健康長寿・災難除けの神様です。

芭蕉さんのこんな面白い根付(ストラップ)を見つけました。


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  1. 2006/07/31(月) 06:58:22|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・常珍寺(市貝町)

觀音の甍見やりつ花くもり


”觀音の甍見やりつ花くもり ”   -末若葉-

文化二年(1805)10月
旭山 慈澄建立
芳賀郡芳賀町西水沼
天台宗常珍寺

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  1. 2006/07/30(日) 20:46:11|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・光賢寺(市貝町)

しはらくは花のうへなる月夜哉


”しはらくは花のうへなる月夜哉”   -初蝉-

大正十年(1921)5月
宝の屋小峰蔦彦らの建立
芳賀郡市貝町文谷
浄土真宗本願寺派光賢寺


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  1. 2006/07/29(土) 20:37:27|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・大越路峠(二)(鹿沼市粟野町)

梅か香にのつと日の出る山路かな


”梅か香にのつと日の出る山路かな”   -炭俵-

天保九年(一八三八)十月
鹿沼市粟野町大越路峠
下永野村楳子淇竹上永野村柳枝建立


大越路峠は鹿沼市下粕尾から鹿沼市上永野に抜けるつづら折の峠であり、こちらの句碑は下の句碑(見晴台の脇にある)より古く、杉山の中に入った所にある。
大越路峠の春は桜が咲き乱れて素晴らしい。今は峠を貫くトンネルが出来、旧道を通る人も少なくなってしまった。また、上永野地区の春は真っ白な蕎麦の花に包まれ蕎麦処としても有名である。

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  1. 2006/07/28(金) 17:59:56|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・大越路峠(鹿沼市粟野町)

山路来て何やらゆかし菫草



”山路来て何やらゆかし菫草”  -野ざらし紀行-

鹿沼市粟野町
粟野町大越路峠

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  1. 2006/07/28(金) 10:38:58|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・城山公園(鹿沼市粟野町)

夏草や兵どもが夢の跡


”夏草や兵どもが夢の跡”   -奥の細道-

昭和49年11月3日
鹿沼市粟野町
城山公園

粟野町城山公園は粟野城址を整備した公園で町の中央にあり、春は山全体が真っ赤なつつじに彩られる。句碑は駐車場左手にある。
粟野城は治承年間(1177~80)足利忠綱築城との伝承があり、延元年間(1336~40)暦応元年(1338)平野将監範久修築とも築城とも伝えられている。



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  1. 2006/07/27(木) 16:38:20|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・今宮神社(鹿沼市)

今宮神社


”君やてふ我や莊子の夢心 ”

昭和三十三年(1958)12月7日
鈴木彌三郎建立
鹿沼市今宮町   今宮神社


句碑は神社の裏手にある。今宮神社は延歴元年(782)の創立といわれ、日光二荒山神社(日光三社の本社)の祭神を祀り日光山鹿沼今宮権現と称した。
天文3年(1534)鹿沼城主・壬生綱房が現在地に遷し、今宮権現とし明治維新の神仏分離令により今宮神社と改称された。
この神社の10月の例祭は重要無形民俗文化財に指定され、各町内の華麗な彫刻を施した彫刻屋台同士がくりなす、「ぶっつけ」と呼ばれるお囃子の競演は有名である。

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  1. 2006/07/26(水) 08:00:20|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・太光寺(鹿沼市)

”芭蕉の笠塚”

笠塚の碑


”芭蕉居士”
”嵐雪居士”

享保十六年(1731)推定
鹿沼市西鹿沼町
曹洞宗光太寺


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  1. 2006/07/25(火) 06:04:18|
  2. 芭蕉句碑
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奥の細道番外 大日堂

大日堂跡



裏見の滝から国道に戻り、はす向かいの狭い道を入ると安良沢(あらさわ)小学校があり、道沿いにそのまま奥まで行くと大谷川に掛かる大日橋に出る。狭い駐車場に車を置き、橋げたのたもとから降りていくと大日堂跡がある。
ここは慶安2年(1649)大楽院第二世の恵海が再建し、素晴らしい景観であったという。かつては美しい庭園がある寺院であったが、明治35年(1902)の大谷川の大洪水で堂宇は流失、その後大正8年(1919)の大洪水で残っていた一堂、池、石仏などすべてが流失して今は石塔だけが残っている。
明治9年(1876)の中禅寺行幸では明治天皇が大日堂で少憩されている。


案内図




大谷川に架る大日橋、奥の橋桁の左手下に大日堂跡がある。



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テーマ:つぶやき - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/07/24(月) 07:25:16|
  2. 奥の細道
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奥の細道 憾満ヶ淵

地蔵


「奥の細道」には憾満ヶ淵での記述はないが「曾良日記」には ウラ見ノ瀧(一リ程西北)、カンマンガ淵見巡、漸ク及午。 とあり、芭蕉一行は裏見の滝を見てからここに来たと思われる。
ここには、慈眼大師天海の弟子約100名が寄進した地蔵が並んでいる。
明治35年(1902年)の洪水で親地蔵と他の地蔵がいくつか流され、100体近くあったのが70体ほどになっている。
その時に並び地蔵の中の親地蔵も流され、その首が川床に埋没していたのを見つけて浄光寺に安置したという。
並び地蔵は数えるたびに数が異なるといういわれから「化け地蔵」とも呼ばれている。芭蕉たちも数えてみたのだろうか。
含満ヶ淵は、古くから不動明王が現われる霊地と言われ、水流の響きが不動明王の呪文のように聞こえたので、僧晃海が、呪文の一句「憾満(かんまん)」をとって「憾満ヶ淵」と名付けたと伝えられる。


化け地蔵
”化け地蔵”






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テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

  1. 2006/07/23(日) 12:20:57|
  2. 奥の細道
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奥の細道 裏見の滝

裏見の滝


神橋から清滝方面に向かうと、右手に古河記念病院がみえてくる。
その先、荒沢川の橋の手前を右に曲がり、2キロほど行くと駐車場に着く。
そこから小鳥の声や荒沢の音を聞きながら階段のある山道を荒沢渓谷沿いに登っていくと15分ほどで裏見の滝に着く。
沢の橋から奥の方にダイナミックに流れ落ちる滝の景観は言葉では現せないほど雄大で素晴らしい。ただ残念な事に数年前に展望台まで木製の階段が出来てしまったが、便利ではあるが景観を十分に損ねてしまった事は否めない。
ここからその木製の階段を上っていくと展望台へと着く。滝の轟音とマイナスイオンを全身に浴びながら眼前の滝に暫し見惚れてしまう。
昔は、ここから岩伝いに滝の裏側を通る事が出来たらしいが、今は通る事も滝を裏から見ることも出来ない。



廿余丁山を登つて瀧有。岩洞の頂より飛流して百尺、千岩の碧潭に落たり。
岩窟に身をひそめ入て瀧の裏よりみれば、うらみの瀧と申伝え侍る也。
”暫時は瀧に籠るや夏の初”


二十余町山を登ったところに滝がある。くぼんだ岩の頂から、百尺ほども飛ぶかと思われる勢いで、多くの岩を畳んだ青々とした淵に落ち込んでいる。
岩窟に身をひそめて入り込み、滝の裏から眺められるので、この滝を裏見の滝と言い伝えている。
轟く水音のみを聞いて滝裏にしばらくこもれば、雑念が払われ、まるで夏行の初めのような境地となるのである。
                          (奥の細道より)


一 同二日
天気快晴。辰ノ中尅、宿ヲ出。ウラ見ノ瀧(一リ程西北)、カンマンガ淵見巡、漸ク及午。鉢石ヲ立、奈須・太田原ヘ趣、常ニハ今市へ戻リテ大渡リト云所ヘカヽルト云ドモ、五左衛門、案内ヲ教ヘ、日光ヨリ廿丁程下リ、左へノ方ヘ切レ、川ヲ越、せノ尾・川室ト云村ヘカヽリ、大渡リト云馬次ニ至ル。三リニ少シ遠シ。


一 同二日 
天気快晴。午前8時頃、宿を出る。裏見の滝(一里程西北)、含満が淵を正午頃迄見物。鉢石を立ち那須・大田原へ趣く。通常は今市へ戻って大渡から行くが、五左衛門が教えた通り、日光より廿丁程下り、左の方へ曲がり、大谷川を越え、瀬ノ尾・川室という村を通って大渡という馬継に至る。三里を少し越える。
                         (曽良随行日記より)



裏見の滝

裏見の滝は華厳の滝、霧降の滝とともに日光三大名瀑のひとつ。
滝の裏には不動明王が祀られている。これは1624(寛永元年)奥州の出羽三山から荒沢不動尊が迎えられ、天海大増正の命により、裏見滝に安置されたもの。男体山・太郎山大真名子山への信仰登山のための修行場で高さ45m幅2m落差19mの滝である。



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テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/07/22(土) 09:30:45|
  2. 奥の細道
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奥の細道 男体山

男体山


男体山はその昔日光山とも黒髪山とも二荒山とも呼ばれ、その「ふたら」とは観音浄土の補陀洛(梵語)から出ている。日光という地名は、「二荒」(にこう)を音読みにしたものともいわれる。
奈良朝末期から平安朝初期にかけて活躍した僧侶、勝道上人が西暦782年二荒山(男体山)登頂に成功したことに始まる。江戸時代までは修験の地とされていた。


黒髪山は霞かゝりて、雪いまだ白し。
     ”剃捨て黒髪山に衣更” 曽良
曾良は河合氏にして惣五郎と云へり。芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水の労をたすく。このたび松しま・象潟の眺共にせんことを悦び、且は羈旅の難をいたはらんと、旅立暁髪を剃て墨染にさまをかえ、惣五を改て宗悟とす。仍て黒髪山の句有。「衣更」の二字、力ありてきこゆ。


黒髪山は霞がかって、雪が今なお白く残っている。
     ”剃捨て黒髪山に衣更” 曽良
黒髪を剃り捨てて墨染めの衣で行脚の旅に出たが、おりしも今日は四月の一日。衣更えの日をこの黒髪山の麓で迎えることになったとは。曽良は河合氏で、名を惣五郎という。深川の芭蕉庵と軒を並べるようにして住み、家事の労を助けてくれている。このたび松島や象潟を共に眺めることを喜び、さらには旅の辛さをいたわってくれようとして共に旅立ち、その朝に黒髪を剃って墨染めの僧衣をまとって姿を変え、惣五を宗悟に改めた。このような経緯から黒髪山の句が作られた。「衣更」の二字に、本来の衣更えと行脚の決意が共に感じられ、力強く聞こえる。
                                           「奥の細道」


日光連山
左より男体山、大真名子山、如峰山、塩谷町船生より望む。


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  1. 2006/07/21(金) 15:17:59|
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奥の細道番外 「瀧尾古道」

開山堂にて


勝道上人の霊廟”開山堂”裏手より稲荷川左岸に沿って太い杉の大木の中を石畳が伸びている。
その先には弘仁十一年(820)に空海が創建した瀧尾神社がある。
ここは、東照宮の煌びやかな賑わいをよそに静寂に包まれた”もう一つの日光”を散策出来る隠れた場所でもある。
しかし、「奥の細道」で芭蕉一行がここに立ち寄ったという記述はない。

数年前に”瀧尾道”として写真を私のメインサイト「五月の風」に載せてあるので是非ご覧下さい。
こちらは昨年モノクロで撮った”滝尾道にて”です。


杉並木と石畳
瀧尾神社へと続く瀧尾道。

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開山堂
開山堂は地蔵堂とも呼ばれ、この裏に勝道上人の墓がある。

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  1. 2006/07/20(木) 07:27:41|
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奥の細道 養源院

養源院跡


芭蕉一行は日光へ着いて養源院を訪ね、江戸浅草の清水寺からの紹介状を宿坊養源院の住職生英へ届けている。
養源院は水戸家の宿坊を務めた大坊。東照宮社務所の東側の滝尾参道脇にあり石畳の道筋には僧坊がつらなっていたという。

一 四月朔日午ノ尅、日光ヘ着。雨止。清水寺の書、養源院ヘ届。大楽院ヘ使僧ヲ被添、折節大楽院客有之。未ノ下尅迄待テ御宮拝見。

一 四月一日正午頃、日光へ着く。雨止む。江戸浅草・清水寺からの紹介状を宿坊養源院へ届ける。日光東照宮御別所(社務所)大薬院へ使僧の案内を得て趣く。折節大薬院に来客中で、午後2時半頃迄待って御宮を参拝。
                             (曽良随行日記) (養源院の説明を見る)

養源院は東照宮の裏手にあり、勝道上人の霊廟開山堂の横、滝尾神社への入口にある。
石垣で積まれた跡地には家康の側室、養源院と英勝院の苔むした供養塔がひっそりと建っている。


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  1. 2006/07/19(水) 07:24:46|
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奥の細道 日光(一)

日光



卯月朔日、御山に詣拝す。往昔此御山を二荒山と書しを、空海大師開基の時、日光と改給ふ。千歳未来をさとり給ふにや。今此御光一天にかゝやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖穏なり。猶憚多くて筆をさし置ぬ。

  あらたうと青葉若葉の日の光


四月一日、日光山に参詣する。その昔、この御山を二荒山と書いたが、空海大師が開基の時に日光と改めなさった。千年後の将来を推しはかってのことだったろうか。今になって、ここ日光山東照宮のご威光が天下に輝き、そのお恵みは国の八方の果てまで行き渡り、士農工商の民がすべて安堵な暮しができ平穏である。なお、これ以上日光山にふれるのは恐れ多いので、このあたりで筆をおくことにする。
 青葉や若葉に差し込む日の光は、この日光山が国の八方まで放つご威光そのもので、実に尊いものであるよ。   (奥の細道)

日光山内



”あらたふと青葉若葉の日の光”の句は「俳諧書留」に
   ”あらたふと木の下暗も日の光”
元禄九年の「初蝉」に
   ”たふとさや青葉若葉の日の光”
正徳三年の舎羅撰に
   ”あらたふと若葉青葉の日の光”
とあり奥の細道は元禄七年頃まで推敲が重ねられて現在に至った。




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  1. 2006/07/18(火) 10:28:27|
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奥の細道 今市

木像


今市の日光例幣使街道と日光街道の合流地点に追分地蔵が祭られている。
分岐点に安置されているので追分地蔵と呼ばれている。
もともと日光含満が淵(がんまんがふち)にあったものが大谷川の洪水で流され砂に埋もれていた。
ある日、石屋が大石と間違えて地蔵の背中にノミを入れたところ、真っ赤な血が流れた」という伝説のある地蔵尊である。

この追分の二軒手前に私の父の生家がある。
もともとが米屋であり、今は燃料店を営んでいて今市市民への燃料供給に寄与している。
この樋山家には上の写真にもある古い木造の坐像が四体あり、家主の話では家康像ではないかとも云われていて、樋山本家のご神体として大切に祭られている。
聞いた話では数十年前に旧今市市からも調査依頼があったそうである。(写真は私が20歳のころ、36年前に撮影)





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  1. 2006/07/17(月) 05:28:36|
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奥の細道 文挾

一 四月朔日
前夜ヨリ小雨降。辰上尅、宿ヲ出。止テハ折々小雨ス。


一 四月一日
前夜より小雨降る。午前7時半頃、宿を出る。雨止むが折々小雨降る。
                  (曽良随行日記)


鹿沼市街を流れる黒川に掛かる御成橋を渡り、今市へと向かう。
例幣使街道の両側には所々に太い杉の名残があり、鹿沼市の武子を過ぎたあたりから日光へと続く杉並木が始まる。
ここには松平正綱・信綱父子が杉並木を寄進した碑”杉並木寄進碑”がある。日光杉並木は、国の特別史跡・特別天然記念物に指定されている。
しばらく行くと並木の右側に文挟駅がある。
曽良随行日記には 同晩鹿沼(ヨリ火バサミヘ貳リ八丁。)ニ泊ル。 とあるが火バサミはここの文挾を云うのであろう。

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  1. 2006/07/16(日) 08:10:01|
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奥の細道番外 「奈佐原」

栃木県南地方に残る芭蕉の句碑の紹介が一段落したので、本来の目的である「奥の細道」にもどりたいと思う。県央・県北の句碑はまだたくさんあるので徐々に紹介していこうと思います。
話は鹿沼よりすこし南に戻るが。

壬生より楡木へ向かう道の両側には、昔の並木の名残であろうか年功のたった杉や桧がところどころに立っている。そして楡木町の追分を過ぎて暫らく行くと奈佐原と言う所がある。
ここには文化年間(1804~1817)より伝えられた人形浄瑠璃、奈佐原文楽が継承されている。

奈佐原神社
奈佐原神社(文楽とは関係ありません)


奈佐原文楽

文化年間(1804~1817)には、一座があったものと思われます。当時の奈佐原は日光西街道・例幣使街道の宿場として栄え、遊芸人の往来も見られ、これらの影響を受けて、地元の同好者によって始められたようです。
その後衰微しましたが、明治時代に大阪文楽座主吉田国五郎の門弟で、人形遣いの名人吉田国造(後の西川小伊三郎)が奈佐原に居住し、人形の操作や浄瑠璃の指導に当たるとともに、浄瑠璃は大坂文楽座を退座した竹本蔦太郎が楡木に住んで指導に当たりました。
門弟の一人臼井巳之作(豊吉)は昭和37年(1962)12月14日、県の無形文化財に指定されましたが、同45年死去し、現在は地元の同好者によって演じられています。
座員一同芸に励み、その技量の評価も高く、なかでも「絵本太功記十段目」、「阿波の鳴門順礼歌の段」、「奥州安達が原三段目」はお家芸となっています。
(鹿沼市のHPより)

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  1. 2006/07/14(金) 07:25:12|
  2. 奥の細道
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句碑・種徳院(県南)

種徳院


種徳院は田沼町の西方にあり、杉林の中の山門をくぐると正面に新しい本堂が見え、年功のある大きな木が木陰を作っている。
本堂の脇や庫裏の脇にはアジサイなどが咲いていた。
この写真は木造の鐘楼の脇に咲いたアジサイ。

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  1. 2006/07/13(木) 06:50:29|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・赤見(県南)

弁財天


赤見温泉にある出流原弁天池湧水は日本名水百選にも選ばれている。
ここは佐野市街地より北西約8Kmの位置にあり、山腹に朱塗りの弁天堂があり、この弁財天は、技芸学問の守護神として948年建立され、地域住民の「水車講」の厚い信仰により、現在地に安置されました。また、出流原弁天池は、栃木県指定天然記念物になっています。





池端に建つ芭蕉の句碑は↓

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  1. 2006/07/12(水) 07:27:06|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・唐沢山城跡(県南)

唐沢山城跡


”城跡や古井の清水先問む”

安政三年(1856)
荻野板湖筆
佐野市富士町唐沢山城跡
大炊井戸畔

佐野市の東北部にあり、標高は約240mあります。眺望は「関八州随一」とも賞賛され、深い谷や四季の花とともに自然の宝庫となっています。
また、平将門を敗り「むかで退治」の伝説でもその名を知られている藤原秀郷が城を作ったという歴史を持っています。

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  1. 2006/07/11(火) 07:59:17|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・関東五社稲荷神社(県南)

関東五社稲荷神社


”松すきをほめてやかせの薫る音 ”

佐野市大栗町
関東五社稲荷神社

ここは佐野市犬伏町の北にあり、神社の境内の中に建っている。
句碑は落としたためか横一文字に割れていて修復の跡が見られた。

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  1. 2006/07/10(月) 07:01:45|
  2. 芭蕉句碑
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国際写真サロン

kokusyas.jpg


昨日、栃木県さくら市のさくら市ミュージアムで開かれている”第66回 国際写真サロン”を見てきた。
国内国外の入選作品数十点が展示されており素晴らしい作品に圧倒されて帰ってきたが、ここ数年の傾向として、ベトナム、インド、イランなどの国々の作品群の多さが目立つ。
この作品展は県内で唯一見ることが出来るのでここ数年欠かさずに見ており、私の興味のあるモノクロ作品は全体の三割程度、やはり見応えがある。
だが最近見て思うことは、グラフィックの様な作品が何故か多いように思えることである。しかしこれもデジタルの進化によるPhoto表現の変化、時代の流れには逆らえない。
でもこれらの素晴らしい作品群を見ていると”撮らねばならない”と云う意欲が湧いて来てならない。




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  1. 2006/07/09(日) 08:56:31|
  2. 写真について。
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渡良瀬100年

渡良瀬遊水地



昨日の読売新聞・栃木版で”渡良瀬100年 第一部遊水地はいま”が終了した。
私が以前から興味を持って撮り続けた遊水地だけあって、毎回欠かさずに目を通してきた。遊水地に関する最新の情報が得られ大変勉強になった。そして新たな目で遊水地の現状を見ることが出来たと思う。
今回は田中正造の谷中村に生涯を奉げた記事が載っていた。
それと共に、7月中に完成する田中正造のドキュメンタリー映画「赤貧洗うがごとき」の9月からの全国上映の案内も出ていた。
前回も書いたように9月の佐野市上映会を今から楽しみにしている。

赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―」の公式ページ。


「さくらのレンタルサーバ」は私のブログ”May’s Room”でお世話になっています。
アクセスも早くとても快適なサーバーです。





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  1. 2006/07/08(土) 23:08:14|
  2. お知らせ。
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句碑・定年寺(県南)

定年寺



芭   蕉   翁
” 子規大竹藪をもる月夜 ”

文化十五年(1818)
呉竹 嗽月 玉壺建立
足利市助戸町三丁目
曹洞宗定年寺

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  1. 2006/07/07(金) 12:50:21|
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句碑・吉祥院(県南)

吉祥院


”灌仏や皺手合する数珠の音 ”

佐野市小見町
吉祥院

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  1. 2006/07/06(木) 07:57:41|
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句碑・泉應院(県南)

泉應院


”つく鐘もひゝくやう也せみの聲”
              はせを翁

安政三年(1856)10月
野辺亭建立 螢雪筆
佐野市富士町字本社
曹洞宗泉應院


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  1. 2006/07/05(水) 09:02:56|
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句碑・妙音寺(県南)

妙音寺


”靜さや岩にしみ入る蝉の聲 ”

嘉永三年(1850)5月
清水勝之建立
松見堂筆
佐野市字大町
日蓮宗妙音寺


句碑は寺の幼稚園にあり2002年に撮ったものだが、住職の許可を頂いた時ひどく嘆いていた事が今でも覚えている。
全国各地の愛好家が句碑を見に来るそうだが写真を撮りに来るのは何の問題が無い、しかし句碑の拓本を採られる方が大切な句碑に墨を塗りたくり、拓本を採ってそのまま水洗いもせずに帰ってしまう方も居られるそうである。その事に大変嘆いておられた。
写真にしても拓本にしても最低限のマナーだけは守って欲しいものである。



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  1. 2006/07/04(火) 08:04:59|
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句碑・高勝寺(県南)

高勝寺


”父母のしきりにこひし雉子の聲”
”野を横に馬ひきむけよほとゝきす”


文久元年(1861)
紫扇 景彦 北堂 湖仙らの建立
雪中庵蓼太筆
下都賀郡岩舟町靜
天台宗岩舟山蓮華院高勝寺

岩舟山は日本三大地蔵に数えられ古くから霊場として有名です。
山全体に霊気漂うこんな所です。(私が撮った写真)




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  1. 2006/07/03(月) 06:10:40|
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May's Room再編

May's Roomを”花紀行と雲”として再編しました。
四季折々の花々を載せた”花紀行”とモノクロで捉えた雲の写真を載せています。
随時更新していますのでどうぞご覧下さい。

May's Room

大切な方にバラの花束をギフトデお花屋さん
産地直送でお届けします。




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  1. 2006/07/02(日) 09:37:32|
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