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奥の細道 殺生石

殺生石


元禄2年(1689年)4月19日(新暦6月6日)芭蕉と曽良は那須温泉神社を拝観後、殺生石を訪れた。

殺生石は温泉の出る山陰にあり。
石の毒気いまだほろびず。
蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。

                  -奥の細道-


殺生石は温泉の出る山陰にある。
石の毒気はいまだになくなっていない。
蜂や蝶のたぐいが、地面の砂の色が見えないほど重なって死んでいた。



那須温泉神社


第三十四代舒明天皇の御代、狩ノ三郎行広は白鹿を追い求め山中に湧く温泉を発見しここに神社を建立した。また、那須与一が屋島の合戦のおりに成就を祈願し見事に扇の的を射抜いたという、与一ゆかりの鏑矢や扇などが奉納されていたという。しかし今は拝観することはできない。
また、境内には昭和天皇の御歌碑がある。
温泉神社と那須与一




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  1. 2006/08/31(木) 06:36:38|
  2. 奥の細道
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奥の細道 高久・那須

高福寺(高久)


城代家老の浄坊寺図書(桃雪)に見送られ、余瀬を発った芭蕉一行は元禄2年(1689年)4月16日(新暦6月3日)、芭蕉と曽良は高久に到着し、高久覚左衛門宅に2泊した。
高久邸は国道四号新高久の高福寺の近くで、宅地内には「芭蕉二宿」の碑と芭蕉翁塚がある。


是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊得させよと乞。やさしき事を望侍るものかなと、
野を横に馬牽むけよほとゝぎす 
                   -奥の細道-


これより殺生石に行く。館代が馬で送ってくれた。
この馬を引く男が「短冊に一句書いてくれませんか」とせがんだ。風流なことを望むものだと感心し、応えてあげた。
  野を横に馬牽むけよほとゝぎす
どこやらでほととぎすが鳴いているよ。さあ、聞こえる方に馬を差し向けて、いっしょに聞こうではないか。



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  1. 2006/08/30(水) 07:04:16|
  2. 奥の細道
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句碑・雲巌寺(黒羽)

木啄も庵はやぶらず夏木立


”木啄も庵はやぶらず夏木立”       -奥の細道-

享和3年4月
黒羽町雲巌寺



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  1. 2006/08/29(火) 06:33:46|
  2. 芭蕉句碑
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感動ワールドジャーニー

私は釣りを25年も飽きずに続けている。
しかし、最近は年に2、3度、近くの渓に行く程度になってしまった。
やはり、年のせいか趣味としての釣りに飽きてきたのかもしれない。
でも、若い時に覚えたフライフィッシングには今でも深い愛着があり、シーズンオフには、その手の本を読み漁っていた覚えがある。

つい最近の事だが、行きつけの本屋さんで「感動ワールドジャーニー」という素晴らしい本に出会った。
小野芳司さんが書いたもので、世界各国を旅した中から感動編として12ヶ国の素晴らしさを紹介したものである。
私がこの本を手にしたきっかけは、あの著名な作家”開高健”の文字が目に止まったからである。
ご存知のように「オーパ!」など”開高健”の釣の著書は有名である。
そのような訳で期待しながらこの本を読んでみた。
私が「感動ワールドジャーニー」の中で、特に感動したのは”アラスカ”編と”モンゴル”編である。


アラスカ

アラスカはスポーツフィッシングのメッカでもあり、フライフィッシングを愛する私にとって、一度は是非訪れてみたい国でもある。
フィッシングの紹介では迫力ある文章に”ワクワク・ドキドキ”し、また、まだ見た事もない”オーロラの神秘”にも感動してしまった。


モンゴル

モンゴルの紹介では大草原での癒しの体験談に感動してしまった。
私は、30年も前から雲の魅力に惹かれて””の写真を撮っている。
果てしない大草原の中で、風の音を聞きながら天空に浮かぶ変化に富んだ真っ白な雲を寝転びながら一日中見ていたい。
モンゴルの果てしない大草原を想像しながら、私はカメラのファインダーを覗き込む。
素晴らしい!
この本は、そんな癒しと感動を私に与えてくれた。
この素晴らしい二つの国へは機会があったら是非訪れたいと思う。

詳しくはジャパンネッワークツアーへ。
格安アラスカツアー



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  1. 2006/08/27(日) 12:35:38|
  2. 徒然
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句碑・修験光明寺跡

夏山に足駄を拝むかどでかな



”夏山に足駄を拝むかどでかな”        -奥の細道-

昭和34年
安倍能成筆
黒羽町余瀬光明寺跡


行者堂には高足駄を履いた役行者(えんのぎょうじゃ。修験道の祖)の像が祭られていたといわれ、芭蕉は祭神の健脚にあやかろうと、遥か北の奥羽の山々を見やりながら、曽良とともに長途の旅の無事を祈願した。

修験光明寺と云有。そこにまねかれて行者堂を拝す。夏山に足駄を拝む首途哉   (おくのほそ道)

曽良の「俳諧書留」に上の句の初案が記されている。
元禄二孟夏七日     
黒羽光明寺行者堂
夏山や首途を拝む高あしだ 翁
汗の香に衣ふるはん行者堂 同


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  1. 2006/08/27(日) 06:46:21|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・西教寺(黒羽)

かさねとは八重撫子の名成べし


”かさねとは八重撫子の名成べし”  曽良    -奥の細道-

昭和34年
長谷川かな女筆
黒羽町余瀬



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  1. 2006/08/26(土) 06:10:10|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・玉藻稲荷神社(黒羽)

秣おふ人を枝折の夏野かな


”秣おふ人を枝折の夏野かな”     -曾良書留-


昭和34年
大竹孤悠筆
黒羽町篠原玉藻稲荷神社



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  1. 2006/08/25(金) 05:59:24|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・常念寺(黒羽)

野を横に馬牽むけよほとゝきす


”野を横に馬牽むけよほとゝきす”  はせを      -奥の細道-

那須郡黒羽町大字黒羽向町
浄土宗光明山常念寺


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  1. 2006/08/24(木) 06:18:38|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・明王寺(黒羽)

今日も又朝日を拝む石の上


”今日も又朝日を拝む石の上”  -曾良書留-   

那須郡黒羽町大字黒羽向町
明王寺

余瀬の翠桃亭で開かれた歌仙の中の一句。


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  1. 2006/08/23(水) 06:50:38|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・黒羽(芭蕉の広場)

bsyuen2.jpg


”田や麦や中にも夏のほとゝぎす”     -曾良書留-

「俳諧書留」に次のように書かれている。
志(し)ら川の関やいづことおもふにも、先秋風の心にうごきて、(中略)
百景一つをだに見ることあたはず。たゞ声をのミて筆を捨るのみなりけらし。
田や麦や中にも夏時鳥
元禄二孟夏七日 芭蕉桃青



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  1. 2006/08/22(火) 06:27:31|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・黒羽(芭蕉の広場)

鶴鳴や其声に芭蕉やれぬべし


”鶴鳴や其声に芭蕉やれぬべし”      -曾良書留-


黒羽町黒羽城址
金子恵泉筆
芭蕉の広場

「俳諧書留」に次のように書かれている。
ばせをに鶴絵かけるに
”鶴鳴や其声に芭蕉やれぬべし 翁”


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  1. 2006/08/21(月) 06:32:50|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・桃雪邸跡(黒羽)

山も庭もうごき入るや夏座敷


”山も庭もうごき入るや夏座敷”    -雪まろげ-

昭和31年
加藤楸邨筆
黒羽町桃雪邸跡


浄法寺高勝(通称図書、俳号桃雪、秋鴉)。
高勝は当時、城代家老の要職にあった。高勝・豊明は俳号に「桃青」の一字をいただく芭蕉門弟。
翠桃は、鹿子畑高明の次男で名を豊明。桃雪は兄で29歳、翠桃は弟で28歳であった。


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  1. 2006/08/20(日) 06:29:14|
  2. 芭蕉句碑
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奥の細道 雲巌寺





当国雲岸寺のおくに佛頂和尚山居跡あり。 竪横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやし雨なかりせば和尚は、「竪横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやし雨なかりせば」と、松の炭して岩に書付侍りと、いつぞや聞え給ふ。其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば、々すゝんで共にいざなひ、若き人おほく道のほど打さはぎて、おぼえず彼梺に到る。山はおくあるけしきにて、谷道遥に、松杉黒く、苔したゞりて、卯月の天今猶寒し。十景尽る所、橋をわたつて山門に入。十景が尽きる所の橋を渡って山門に入る。さて、かの跡はいづくのほどにやと、後の山によぢのぼれば、石上の小庵岩窟にむすびかけたり。妙禅師の死関、法雲法師の石室をみるがごとし。
   ”木啄も庵はやぶらず夏木立”
と、とりあへぬ一句を柱に残侍し。                                                                       -奥の細道-



この下野国の雲巌寺の奥に、仏頂和尚の山居跡がある。
と松の炭で傍らの岩に書き付けましたよ、といつぞや語っておられた。
その跡を見ようと雲巌寺に行こうとすると、人々が進んで共に誘い合い、多くの若い人が道々にぎやかに騒ぎ、気が付けば山寺の麓に着いていた。
山は奥深い景色であり、谷道は遥かに続き、松や杉はあたりを暗くし、苔はみずみずしく輝き、卯月というのに寒々としている。
さて、仏頂和尚の山居跡はどこにあるのかと、寺の背後の山によじ登ると、岩の上に、小さな庵が岩窟に立てかけるようにして築かれていた。
中国の高僧妙禅師が「死関」の額を掲げて修行した洞穴や法雲法師が身を置いた大岩の上の居所を見るような思いがした。
    ”木啄も庵はやぶらず夏木立”
さすがのきつつきも、仏頂和尚の結んだ山居だけはやぶろうとはしないようだ。こうして、うっそうとした木々の中に和尚が修行した庵を拝見することができたのはありがたいことだ、と感じ入り、取り敢えず一句を書いて柱に残したのだった。


五日 雲岩寺(8)見物。朝曇。両日共ニ天氣吉。
                       -曾良随行日記-



雲巌寺山門


黒羽から雲巌寺へは461号線を八溝山方面に東進する。
杉の大木に囲まれた山門の入り口には朱塗りの反り橋が掛かり、幽玄な世界に入り込んだ雰囲気である。
雲巌寺は、臨済宗妙心寺派の禅寺で山号を東山という。
ここは芭蕉が江戸で修行した禅の師、仏頂和尚が滞在していた古刹でもある。
筑前博多・聖徳寺、越前・永平寺、紀州由良・興福寺とともに禅宗の四大道場の一つとされる。



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  1. 2006/08/19(土) 08:45:11|
  2. 奥の細道
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句碑・大雄寺

行春や鳥啼魚の目は泪


”行春や鳥啼魚の目は泪”   -奥の細道-



芭蕉は「おくのほそ道」への旅立ちを次のように記している。
弥生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は在明にて光おさまれる物から、不二の嶺幽にみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。
是を矢立の初として、行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。


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  1. 2006/08/17(木) 23:12:23|
  2. 芭蕉句碑
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奥の細道 黒羽(二)



城代家老の浄坊寺図書(桃雪)邸跡


黒羽の館代浄坊寺何がしの方に音信る。
思ひがけぬあるじの悦び、日夜語つゞけて
                          -奥の細道


黒羽の館代である浄坊寺何がしという人のところを訪ねた。
思いがけない私たちの訪問に主人は喜び、日夜語りつづけた。

四日 浄法寺図書ヘ被招。
                          -曾良随行日記


黒羽での芭蕉は、城代家老の浄坊寺図書(桃雪)邸に招かれ厚くもてなされ泊まっていた。
浄坊寺図書(桃雪)邸跡は黒羽城址の南、大雄寺のすぐ北にあり芭蕉公園として整備されている。
黒羽城址、芭蕉公園、芭蕉の館に関しては黒羽町商工会のサイトに詳しく載っています。



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  1. 2006/08/16(水) 20:19:42|
  2. 奥の細道
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遠い夏の日

イメージ写真



私の夏の想い出は、空襲に備えて村の神社の仮教室で過ごした侘しい日々のこと勉強はおろか、ただひたすら黙々とかぼちゃの種を剥いていました。
そう云えば、あの剥いたかぼちゃの種どうしちゃったのかしら。
当時は雲の峰を見ながら、想像するのは食べ物のことばかりでした。

      “つれづれの 遊びごころや 雲のみね”
                         (文章・詠み人  麗さん。こぶし町在住の方です。)

終戦
私は戦後生まれなのであの”あっ~ぃ夏”の出来事は分かりません。
しかし、二度と起こしては為らぬ悲惨な戦争。
森山良子の歌う”さとうびき畑”が何故か私の頭の中を空白にしてくれる。

乾いた大地に”ギラギラ”と照りつける太陽。
群青の空を突き抜けるかのような、雲の峰。
何処までも続く”さとうきび畑”。
真っ青な空の下、果てしない緑の大地に波のように静かな”うねり”。
そこで繰り広げられた悲しい出来事。
「ざわわ、ざわわ、ざわわっ。」
”さとうきび”は何も無かったかのように、そよぐ風に揺らいでいた。
(may wind)


「五月の風」
”おやじの戦記”
”戦争を語り継ごう”では軍隊の中でおやじの戦記が紹介されています。

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  1. 2006/08/15(火) 06:02:53|
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終戦記念日

とうもろこし畑



先日、読売新聞の「昭和戦争」本誌検証報告を読んだ。
一年ほど前から毎週一回掲載される特集記事だ。
毎回欠かさずに読んできたが新聞社の特集記事だけあって内容も濃く読み応えがある。
今、靖国問題で世論が揺れ動いているが、一年間通して読んでみて戦争責任は誰にあったのかも知ることが出来た。
今まで、戦記物はいろいろと読んではみたが、この様な戦争の核心に触れた内容の濃い読み物は今までに読んだことがなかった。
改めて、悲惨な戦禍に国民を陥れた無意味な戦争を再確認できた。
明日は終戦記念日、私は戦後生まれの団塊の世代、あの悲惨な出来事は分からない。しかし悲惨な戦争は二度と起さない事を祈りたいものです。

私のメインサイト「五月の風」でも終戦記念特集をUPしました。
私の父の手記”おやじの戦記”なども載せてあります。
どうぞ、ご覧ください。

「五月の風」
”おやじの戦記”
”戦争を語り継ごう”では軍隊の中でおやじの戦記が紹介されています。

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  1. 2006/08/14(月) 10:20:32|
  2. 徒然
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奥の細道 玉藻の前

鏡が池


日をふるまゝに、日とひ郊外に逍遙して、犬追物の跡を一見し、那須の篠原をわけて玉藻の前の古墳をとふ。
                                    -奥の細道-


このようにして日が経つなかで、あるひ、郊外に散歩に出かけ、犬追物(いぬおうもの)の跡を一とおり見たあとで、那須の篠原に分け入って玉藻の前の古い墓を訪ねた。

一 十二日 雨止。図書被見廻、篠原被誘引。
                           -曾良随行日記-



犬追物の跡は黒羽中心街より国道294号を北に下り、ふるさと物産センターの信号を左折して行くと左側に案内板がある。
また、玉藻稲荷神社はここから2キロほど先の篠原にあり、鬱蒼とした林の中にある。ちょっと寂しい所ではあるが芭蕉の句碑と源頼朝の歌碑がある。

『欲しいものきっと見つかる!ストラップヤ』
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  1. 2006/08/13(日) 06:00:08|
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奥の細道 黒羽

kurotop.jpg

(黒羽城址より那須方面を望む)


黒羽の館代浄坊寺何がしの方に音信る。思ひがけぬあるじの悦び、日夜語つゞけて、其弟桃翠など云が、朝夕勤とぶらひ、自の家にも伴ひて、親属の方にもまねかれ、
                                  -奥の細道-


黒羽の館代である浄坊寺何がしという人のところを訪ねた。
思いがけない私たちの訪問に主人は喜び、日夜語りつづけた。その弟の桃翠(翠桃)という人が、まめに来てくれたり、自分の家にも招き、親戚の家にも招待された。

澤村ヨリ太田原ヘ二リ八丁。太田原ヨリ黒羽根ヘ三リト云ドモ二リ余也。
翠桃宅、ヨゼ(濁モト)ト云所也トテ、貳十丁程アトヘモドル也。

   -曾良随行日記-



元禄2年(1689年)4月3日(新暦5月21日)、芭蕉と曽良は、玉生の宿を早朝に立ち、矢板、沢村、大田原を経、黒羽余瀬の翠桃宅に到着した。
黒羽では城代家老の浄坊寺図書(桃雪)とその弟鹿子畑善太夫(翠桃)に迎えられ、「奥の細道」紀行での滞在は黒羽が一番長く、4月3日から16日まで13泊14日の長期滞在をした。
余瀬は黒羽の北西にあり大田原と隣接している。



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  1. 2006/08/12(土) 08:34:16|
  2. 奥の細道
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句碑・薄葉(大田原)

かさねとは八重なてしこの名なるへし


”かさねとは八重なてしこの名なるへし”  -奥の細道-

大田原市薄葉

この句碑はかさね橋を渡って旧日光北街道を東進し、中薄葉交差点の先にある。
道の右側に建っているのだが見落としやすいので注意が必要だ。
またこの先には”なんじゃもんじゃ”の木が右側に立っている。



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  1. 2006/08/11(金) 07:01:30|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・沢観音寺(矢板市沢)

かさねとは八重なてしこの名なるへし


”かさねとは八重なてしこの名なるへし”  -奥の細道-

昭和三十五年(1960)4月
現住職矢板亮岳建立
福原達朗筆
矢板市沢
真言宗智山派補陀落山千手院観音寺


句碑は前出した沢観音寺、庫裏の裏山に建っている。
ここからは那須連峰と那須野が原、そして箒川を横切る日光北街道に掛かる”かさね橋”を見渡すことができる。


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  1. 2006/08/10(木) 05:55:15|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・稲荷神社(矢板市)

原中や物にもつかす啼く雲雀


芭   蕉   翁
”原中や物にもつかす啼く雲雀”  -続虚栗-


寛政三年(一七九一)十月
果玉房十只建立
矢板市扇町二
稲荷神社

稲荷神社は矢板市中心部より北方向。
矢板中央高校正門より南、100メートルほど手前の衣料店サンキ駐車場に面した公園の片隅に建っています。



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世界が近づく、毎日が響きだす。☆MTV シティカード☆

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  1. 2006/08/09(水) 06:53:01|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・剣御申塚(矢板市長井)

そのままに月もたのまじ伊吹山

案内板


”そのままに月もたのまじ伊吹山”   -笈日記-


文化三年(1820)
矢板市長井剣御申塚(つるぎおさるづか)
塩谷院秀賢建立


剣御申塚は矢板市役所から関谷街道を北進し、下大田より西に入った田んぼの中に建っている。バックには高原山が見える。
ここは下長井剣御申塚(つるぎおさるづか)といい、塩谷院秀建法院がこの長井の地から眺める高原山が伊吹山のように美しく望めるとして建立したものと伝えられている。
安山岩173cmの自然石で、ここから見える高原山が伊吹山のように秀麗なのでこの句を選んだと言われている。



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  1. 2006/08/08(火) 07:08:07|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・大日堂跡(日光市)

あらたふと青葉若葉の日の光里<br />

案内板


”あらたふと青葉若葉の日の光里”

明治四十二年(1909)10月
山崎氏再建
日光市久次良町大谷川河川敷大日堂跡




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  1. 2006/08/07(月) 06:50:08|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・安良沢小学校(日光市)

しはらくは瀧に籠るや夏の初
案内板



芭蕉翁おくの細道うら見のたきの吟
”しはらくは瀧に籠るや夏の初”


昭和31年(1956)5月
日光市建立 小杉放庵筆
日光市久次良町
安良沢小学校


国道120号から裏見の滝とは反対方向に細い道を下ると右側に安良沢小学校がある。校門を入って校舎の北側にこの句碑がある。
楕円形の自然石に彫りこまれた句は裏見の滝を訪れた時に詠んだ句であり、文字は小杉放庵の書である。
ここから細い道を何処までも行くと大日堂跡に行くことができる。

追記
前回記載の”奥の細道・玉生”で佐貫観音の記事を書きましたが、私のメインサイト”五月の風””写真”の中の”白木蓮”はここ佐貫観音で今年の春モノクロコピーフィルムで撮ったものです。合わせてご覧ください。



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  1. 2006/08/06(日) 15:41:49|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・日光東照宮宝物館(日光市)

あらたふと青葉わか葉の日の光

案内板



芭蕉翁おくの細道日光山吟
”あらたふと青葉わか葉の日の光”


昭和三十一年(1956)9月
日光市東照宮輪王寺二荒山神社建立
小杉放庵筆
日光市山内 日光東照宮宝物館


この芭蕉の句碑は日光山内にあるただ一つの句碑で日光東照宮宝物館の脇、浩養園に立っている。自然石に彫られた文字は小杉放庵筆である。
小杉放奄記念日光美術館は日光市山内にあり、市立の美術館で日本画が中心に展示してあります。
金谷ホテルのサイトで詳しく紹介されています。




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  1. 2006/08/05(土) 06:50:22|
  2. 芭蕉句碑
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奥の細道番外 寺山観音寺

山門


寺山観音寺は矢板市の北西部、高原山の裾野に建つ下野三十三観音札所第七番の古刹である。与楽山観音寺といい、奈良時代の神亀元年(七二四年)のころ寺山観音の前身である法楽寺が、高原山剣ヶ峰近くに行基菩薩によって建立された伝えられる。
法楽寺は、当時山岳仏教の中心として栄えたものと考えられ、寺の在所、観満平などの地名が残っている。平安時代の大同元年(八〇六)徳一上人が法楽寺を現在の寺山の地に移し観音堂を建立したという。


鐘撞き堂
”鐘つかぬ里は何をか春の暮”  芭蕉

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  1. 2006/08/04(金) 09:28:04|
  2. 奥の細道
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奥の細道 那須野

沢観音寺より那須野が原を望む


那須の黒ばねと云所に知人あれば、是より野越にかゝりて、直道をゆかんとす。
遥に一村を見かけて行に、雨降日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。
草刈おのこになげきよれば、野夫といへどもさすがに情しらぬには非ず。「いかゞすべきや。されども此野は縦横にわかれて、うゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」と、かし侍ぬ。
ちいさき者ふたり、馬の跡したひてはしる。独は小姫にて、名をかさねと云。聞なれぬ名のやさしかりければ、

    かさねとは八重撫子の名成べし 曽良

頓て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て、馬を返しぬ。
                                       「奥の細道」



那須の黒羽というところに、知人がいるので、ここから那須野の原に足を踏み入れ、近道をして真っ直ぐ行くことにする。
遥に一村を見かけて行に、はるかに一つの村を見かけて行くうちに、雨が降り出し、日も暮れてしまった。農夫の家に一夜を借り、夜が明けてまた野中を歩いて行く。その途中に、野原に放し飼いの馬がいた。
草を刈る男に、馬を貸してくれるよう哀願したのだが、いなかの百姓とはいえ十分に温情のある人だった。男は、「どうしましょうか。馬を使わないで行くとしても、この野原は縦横に道が分かれ、歩き慣れない旅人は道を踏み違えるでしょう。心配ですので、この馬で行って、止まったところで馬を返してくさだい」と言って、馬を貸してくれた。
小さい子供が二人、後を追って走ってくる。そのうちの一人は小さい娘で、名を「かさね」という。
聞き慣れない名前だが、優美で風情のある響きがあるので、曽良が一句したためた。

    かさねとは八重撫子の名成べし 曽良

このような片田舎で、思いもよらず、なかなか上品で美しい響きの「かさね」という名の小さい娘に出会った。花なら、さしずめ、花びらが重なって美しい八重撫子の名と言ったところであるよ。やがて人里に至り、お礼のお金を鞍つぼに結わえ付けて、馬を返したのだった。


一 同三日 快晴。辰上尅玉入ヲ立。
  鷹内ヘ二リ八丁。鷹内ヨリヤイタヘ壱リニ近シ。ヤイタヨリ澤村ヘ壱リ。  澤村ヨリ太田原ヘ二リ八丁。太田原ヨリ黒羽根ヘ三リト云ドモ二リ余也。
                                  (曾良随行日記)


一 同三日 
快晴。午前7時半頃玉生を立つ。鷹内へ二里八丁。鷹内より矢板へ一里程。矢板より沢村へ一里。沢村より大田原へ二里八丁。大田原より黒羽へ三里というが二里余り。翠桃宅、余瀬という所にあり、二十丁程引き返す。


かさね橋


塩谷町玉生から会津西街道を東に向かい矢板市へと出る。
途中倉掛を通り、曾良随行日記には鷹内へ二里八丁。鷹内より矢板へ一里程。とあるが今の幸岡をいう。
矢板から沢観音への道は矢板市成田三叉路より右手に入り、52号線を東進して行くと沢宿にはいり寺は左手の小高い山の上にある。
また、かさね橋は沢宿より手前の東北新幹線の手前の道(日光北街道)を左折し大田原方面に行くと箒川があり、そこに掛かる橋がかさね橋である。


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  1. 2006/08/03(木) 07:53:52|
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奥の細道 玉生

男体山


大渡ヨリ船入(船生)ヘ壱リ半ト云ドモ壱里程有。
絹川ヲカリ(仮)橋有。大形ハ船渡し。
船入(船生)ヨリ玉入(玉生)ヘ弐リ。
未ノ上尅ヨリ雷雨甚強。漸ク玉入(玉生)ヘ着。
一同晩玉入(玉生)泊。宿悪故、無理ニ名主ノ家入テ宿カル。
                     (曾良随行日記)


大渡より船生ヘ一里半というが一里程。
鬼怒川に架かる仮橋有り。大形は船渡し。
船生より玉生ヘ二里。午後1時半頃よりかなり強い雷雨。
漸く玉生へ着く。
一同晩玉生に泊る。宿悪く、無理に頼んで名主宅に宿借る。


日光を出立した芭蕉一行は、大渡から鬼怒川を渡り船生から玉生へと向かう。
ここ船生には日本一の力もち神事(餅つき大会)が行われる岩戸別神社佐貫観音などの名跡がある。
次ページに、私が昭和46年に佐貫で撮ったモノクロ写真があります。


芭蕉一宿の碑


芭蕉一宿の跡” 
           塩谷郡塩谷町玉生

着いた宿があまりにも悪かっため、芭蕉は無理をいって泊めてもらった。
玉生宿にある名主の屋敷跡は今は荒れてしまっているが、山際の古い庭園跡は往時を偲ばせてくれる。

私のもう一つのブログ”May's Room 花紀行”に”雫(しずく)”を追加しました。


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  1. 2006/08/02(水) 20:27:57|
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句碑・飯貝(真岡市)

飯貝や雨に泊りて田螺聞く


存疑
飯貝や雨に泊りて田螺聞く

昭和二十七年(1952)11月
芋の葉会同人建立
世州筆
真岡市大字飯貝四七八
大内公民館

この句は芭蕉の存疑の句といわれ芭蕉の句として伝えられていながら誤伝されているもので、偽造した上で眞作であると偽って金品に換えた詐欺まがいのものも多くあり、この句もその一つとされている。



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  1. 2006/08/01(火) 18:45:02|
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