風のつぶやき! 南摩ダム・日帰り温泉などの情報

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絹積雲(Cc)

06/09


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現像液、コダックD-76・20℃原液・8分処理


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テーマ:雲の写真 - ジャンル:写真

  1. 2006/09/30(土) 08:08:46|
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高積雲(Ac)

高積雲(Ac)


久々に雲の写真を撮りました。
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テーマ:雲の写真 - ジャンル:写真

  1. 2006/09/28(木) 20:37:47|
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句碑・草津温泉(番外)

夏の夜や 木魂に明くる 下駄の音


先月、息子が車を買い換えた。
無論中古ではあるが慣らし運転を兼ねて草津温泉まで私と妻、息子の3人で往復500キロのドライブを楽しんできた。
草津白根山の湯釜、わたすげの咲く弓池園地遊歩道などを散策して帰りには大滝乃湯で汗を流してきた。そして、20年ぶりに草津のシンボルである湯畑に寄ってみた。
また、ここから少し離れた山の上に白根神社があり、境内の林の中には草津の俳人によって建てられた芭蕉の句碑がある。
  夏の夜や 木魂に明くる 下駄の音  -嵯峨日記-

この句を詠んでいると、手に団扇を持ち、下駄を”からころ”と鳴らしながら温泉街の石畳を闊歩する姿が目に浮かぶ。

この日、思い掛けない所で芭蕉の句碑に出会え、満足した一日であった。


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テーマ:写真俳句 - ジャンル:写真

  1. 2006/09/18(月) 16:21:58|
  2. 芭蕉句碑
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お詫びとお知らせ。

9月13日にお知らせしました映画”赤貧洗うがごとき”の宇都宮上映の期日と会場が変更になりました。
改めて変更後のご案内をさせて頂きます。

日時:12月16日(土)午後2回上映
会場:栃木県教育会館 大ホール

どうぞ宜しくお願いいたします。

詳しい情報はこちらで確認することが出来ます。
赤貧洗うがごとき”ホームページ
ブログ赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々

テーマ:★おすすめ映画★ - ジャンル:映画

  1. 2006/09/17(日) 06:27:16|
  2. お知らせ。
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「赤貧洗うがごとき」上映会のお知らせ。

赤貧洗うがごとき



本日、”赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―”のブログを発信しておられるshozoさまより、宇都宮市での上映会のご案内がありました。
先週、発信基地の古河市での上映会では会場が満杯になるほどの大盛況をもって無事上映会を終了したとの記事もありました。
9月20日(水)・29日(金)には佐野市での上映会があります。
こちらも、義人田中正造翁の出身地だけにかなりの盛況になるのではないかと思っております。
今、讀賣新聞栃木版では渡良瀬100年と題打って、足尾鉱毒問題や渡良瀬遊水地、旧谷中村などを特集として紙面を大いに賑わせている。勿論、激動に生きた田中正造翁の素晴らしい功績も記されている。
田中正造翁の尊い生涯を綴った書籍はたくさんある。しかし、活字ではなく臨場感溢れる素晴らしい映像で追う事が出来るこの映画を見逃してはならないと思った。
私も佐野、宇都宮どちらかの会場で田中正造翁に会えることを楽しみにしている。


佐野市上映会
9月20日(水):佐野市文化会館小ホールにて
 上映時間:一回目10:00 二回目14:00 三回目19:00(すべて小ホール)
9月29日(金):佐野市文化会館大ホールにて
 上映時間:一回目10:00 二回目14:00 三回目19:00(すべて大ホール)


こちらで詳細を見ることが出来ます。
赤貧洗うがごとき”ホームページ
ブログ赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々

テーマ:写真と言葉..日々の印象 - ジャンル:写真

  1. 2006/09/13(水) 23:08:05|
  2. お知らせ。
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「奥の細道」「芭蕉の句碑」について。

長い間、栃木”奥の細道”をご覧頂きありがとうございました。
「奥の細道」「芭蕉の句碑」共にとりあえず一段落が付きましたので終了させて頂きます。
ただ「奥の細道」については、下野最後の地、”関の明神”をまだ訪ねる事ができませんので後日UPしたいと思っています。
句碑についても、県内にはまだ撮り残していますのでそのつどUPしたいと思っています。

これからまたこのブログの本来の目的でもある”銀塩モノクロ写真”に拘っていこうと考えております。
(秋に入り気温も下がり、フィルム現像の液温も調整しやすくなりましたので)



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  1. 2006/09/11(月) 18:17:05|
  2. お知らせ。
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句碑・城山(烏山町)

毘沙門堂山頂


”叡慮にて賑ふ民や庭竈”

塩野谷機月喜多山永坡らの建立
那須郡烏山町城山
毘沙門堂山頂

叡慮にて賑ふ民や庭竈


八雲神社の境内から山道を歩いて30分で山頂に着く。ここには展望台があり那珂川や烏山町の町並みを一望する事ができます。句碑は山頂の端の方にあり、碑面は風化していて文字は読み取れなかった。
毘沙門堂は、安政2年(1855年)時の城主、大久保忠美が城下繁昌を祈願して日光外山より毘沙門天を勧請したものである。



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  1. 2006/09/10(日) 07:00:24|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・妙雲寺(塩原)

初しくれ猿も小蓑をほしけ也


”初しくれ猿も小蓑をほしけ也”    -猿蓑-

寛政五年(1793)3月
佐久山桃岸舎潭交 福渡眠松下枕石建立
塩原町下塩原
臨済宗妙心寺派甘露山妙雲寺





妙雲寺
寿永年間(1182~1185年)に平重盛の妹、妙雲禅尼が京都から源氏の厳しい追手を逃れるため山中深く入り、安住の地として塩原に草庵をむすび、念持仏の釈迦を安置したことに起因するお寺で800年の歴史を持つ臨済宗の名刹です。
5月中旬から下旬にかけては、2,000株を越える牡丹がいっせいに花をつけて境内をうめつくします。
また、境内にある「文学の森」を中心に尾崎紅葉・夏目漱石・斉藤茂吉などの歌碑、句碑、文学碑が点在しています。

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  1. 2006/09/09(土) 06:51:05|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・高久家

芭蕉翁塚


宝暦4年8月
高久青楓建立
嵩雲柱筆

芭蕉庵桃青君碑


芭蕉庵桃青君碑
高久家の裏山に芭蕉の来訪を記念して覚左衛門の孫青楓が建てたもので、曾良書留にある時鳥の句が記してある。


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  1. 2006/09/08(金) 06:52:50|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・遊行柳(芦野)

田一枚植て立去る柳かな


”田一枚植て立去る柳かな”    -奥の細道-

寛政十一己未歳四月
執事 当所大平重成
石工 梅香



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  1. 2006/09/07(木) 06:38:20|
  2. 芭蕉句碑
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奥の細道 芦野

遊行柳と句碑


又、清水ながるゝの柳は蘆野の里にありて田の畔に残る。此所の郡守戸部某の此柳みせばやなど、折ゝにの給ひ聞え給ふを、いづくのほどにやと思ひしを、今日此柳のかげにこそ立より侍つれ。

  田一枚植て立去る柳かな           -奥の細道-



また、清水流るゝ柳は、芦野の里の田の畔に残っている。
この地の領主の戸部なにがしが、「かの柳をお見せしたい」ものだと、折々たよりにあったのを、どの辺にあるのかと思っていたのに、今日ついにこの柳の陰に立ち寄ったのである。
柳が目の前にあり、その木陰でしばらく安らかにしていると、早乙女たちがいつのまにか田植えが一枚分終わり、立ち去るほどの時間の経過で私もまた放心から立ち戻ってここを立ち去ったのであった。


遊行柳


黒羽より国道294号を白河方面に北上すると芦野に出る。昔は奥州街道の関東最北端の宿場町として栄えていた。
遊行柳は芦野バイパスと旧奥州街道の合流点に遊行庵というお休み所があり、そこから西に5分ほど歩いていくと田んぼの中にある。
また、田植え時期には芭蕉も見たであろう、のどかな田植えの風景に包まれる。

案内


「遊行柳」
室町後期になって、観世信光(1435~1516)は、西行が那須・芦野で詠んだ上の歌の柳を主題にして、謡曲「遊行柳」を創作した。
これにより芦野の柳は「遊行柳」として広く世に知られるところとなり、歌枕の地となった。

遊行柳伝説
遊行上人が諸国を巡歴して、白河の関近くに来ると、一人の老翁が現れて、初代遊行上人の通られた古道を教え、古塚のほとりにある朽木の柳を見せる。上人がその由来を尋ねると、老翁は「これこそ西行が”道のべに清水流るる柳かげ・・・”と詠んだ名木である」と答え、上人から十念を授かるとそのまま柳のほとりで消えてしまった。
その夜、上人がここで念仏を唱えていると、朽木の柳の精が白髪の老人となって現れ、十念を授かったおかげで非情の草木でありながら成仏出来たことを喜び、報謝の舞を舞う。夜も明け方になると、老人の姿は消え、ただ柳の朽木だけが残っていた。

この伝説を基に謡曲『遊行柳』が観音信光によって作られた。
数年前、この奥にある湯泉神社(上の宮神社)を訪れたとき、能楽関係の方の御札が奉納されていたのを記憶している。



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[奥の細道 芦野]の続きを読む

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  1. 2006/09/06(水) 06:55:14|
  2. 奥の細道
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句碑・殺生石(那須)

石の香や夏草赤く露あつし


”石の香や夏草赤く露あつし”     -曾良書留-

那須湯本
殺生石


殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。
                     -奥の細道-


殺生石は温泉の出る山陰にある。石の毒気はいまだになくなっていない。蜂や蝶のたぐいが、地面の砂の色が見えないほど重なって死んでいた。
と、「奥の細道」に記述がある。
今ではその様な現象は確認できないが、「九尾の狐」伝説の毒ガスを意識して誇張して書いたものだろうか。それとも、昔は今よりも硫黄を含んだ毒ガスが多く出ていたのだろうか?


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[句碑・殺生石(那須)]の続きを読む

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  1. 2006/09/05(火) 06:45:25|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・温泉神社(那須)

湯をむすぶ誓も同じ石清水


”湯をむすぶ誓も同じ石清水”    -曾良書留-

那須町湯元温泉神社
奥八城太郎公賢筆

碑面は風化されているが、微かに文字が読みとれる。
この岩は、横から見ると丁度老翁が座ったように見えるため翁石とも呼ばれている。

案内



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  1. 2006/09/04(月) 06:09:13|
  2. 芭蕉句碑
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句碑・鍋掛(那須町)

野を横に馬牽きむけよほととぎす


”野を横に馬牽きむけよほととぎす”  はせを     -奥の細道-

文化5年10月建立
八坂神社
黒磯市鍋掛


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    ※ お知らせ
私のメインサイト「五月の風」のTOPを秋色に変えてみました。
BGMは、私の好きな”誰もいない海”でmichiさんの編曲です。

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  1. 2006/09/03(日) 07:01:11|
  2. 芭蕉句碑
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奥の細道 殺生石(二)

殺生石全景


殺生石の手前には「賽の河原」といわれる草木も生えぬ荒涼とした風景が広がり、岩の間からは鼻を付く硫黄の臭いが漂ってくる。
そして、遊歩道の左手には千体地蔵が折り重なるように並び立っている。手を合わせ天を仰ぐ石仏たち。その祈る様は悲痛にも似た形相の凄さに何故か圧倒されてしまう。
殺生石の案内


千体地蔵


昔、教伝という僧侶が、那須へ湯治に出かける際、母のすえたお膳を足蹴りにした天罰によって殺生石の火の海地獄に落ちて死んでしまった。この伝説にちなみ千体地蔵を建立して交通安全と家庭平和を祈願した。
詳しくはこちらをどうぞ。



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[奥の細道 殺生石(二)]の続きを読む

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  1. 2006/09/02(土) 06:57:08|
  2. 奥の細道
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句碑・高福寺(高久)

高福寺


”落來るやたかくの宿のほとゝきす”

大正2年建立
黒磯市高福寺

落來るやたかくの宿のほとゝきす




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  1. 2006/09/01(金) 06:52:13|
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