FC2ブログ

風のつぶやき! 南摩ダム・日帰り温泉などの情報

風の吹くまま、気の向くままに!

お正月

正月の三が日が過ぎ今日は四日、おせち料理もなくなり、そろそろ正月気分が抜けきる頃である。
役所など早い所では今日からが仕事始めである。
二の日、神社へ初詣に行ってきたが例年よりも詣でする人が少ない様な気がする。
又、最近は玄関口へのお飾りがめっきり減ったような感じがしてならない。
ましてや、一昔前に流行っていた車へのお飾りなどは殆んど見られなくなってしまった。
思うところ、最近は世代が若くなり、昔からの正月行事が薄れてきてしまったのではないだろうか。
何故か寂しい感じがする。
遠い昔から伝えられてきた伝統行事を無くすことなく、いつまでも受け継いでいってもらいたいものである。

私が小さかった頃(昭和30年代)の懐かしいお正月の想い出を紹介してみよう。


「みかん何個もらえるべ!」
「三個ぐれえじゃねえか!」
「ほだんべなぁ、そのくれぇだんべぇ。楽しみだな!」
登校日、学校へ行って年の初めを歌い、正月のお祝いに”みかん”をもらってくるのである。
その当時は”みかん”がかなり高価であるため、めったに口には出来なかった。
今の様に段ボ-ル箱詰めではなく、杉板の化粧箱に品良く収められていた。
その”みかん”を家まで大事に持って帰り分け合って食べた、今ほど甘くなかったような気憶がする。
冬休みが終わり、二月中旬になると待ちに待った本当のお正月がやって来た。
旧の正月である。(陰暦)二日前頃から正月の準備で忙しく、村中があわただしくなる。
父は門飾り、これは木戸に杭を打ち松と竹を縄で縛って両側に飾り、また”しめ飾り”は家々によってそこの主が藁を編んで作り、玄関と神棚に飾りつけた。
午後になると、家族総出で餅つきである。
母は”へっつい”(かまど)でもち米を蒸かし、父が欅作りの臼でつきあげた。その頃は二斗ぐらいついた。
臼に入れたばかりの蒸かしたての”アッアッ”のもち米は一番うまかった。父によく叱られた。
つきあがるたびに、母と姉たちがお供え餅やのし餅にしていく。
夕方になると、最後についた餅をきな粉餅、大根おろし餅にし乾麺を茹でてそれに鰹節と醤油をかけただけの”あっあっ”の”にゅうめん”食べた。
元日、父と母は朝早く起きて正月祝いの用意である。
おぞう煮、キンピラ、煮つけ、”さがんぼ”の煮こごりで、今のおせち料理には程遠かった。
しかし当時としては大変なご馳走であった。何しろ正月にしか食べられなかったからである。
父は門松にぞう煮を供え、神棚にも酒を供えて拍手を打ち新年の挨拶をしていた。だだそれだけの正月であった。
今の様に豪華なおせち料理を食べるわけでもなし、お年玉を貰うわけでもなかった。
かなりゆっくりと時間が過ぎて行ったように思える。そうでなければその頃の出来事をひとつ、ひとつ覚えていなかったのではないだろうか。

                       「雑木林」冬・お正月より


「五月の風」
お正月
雑木林
スポンサーサイト



テーマ:なんでも.栃木.! - ジャンル:地域情報

  1. 2006/01/04(水) 17:08:13|
  2. 徒然
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<絹積雲 | ホーム | 積雲>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://7n2ftc.blog1.fc2.com/tb.php/177-ed49fa20
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カレンダー

07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

プロフィール

may wind  (五月の風)

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

最近のコメント

最近のトラックバック

QRコード

QRコード

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する