一 廿九日 辰ノ上尅マヽダヲ出。
一 小山ヘ一リ半、小山ノヤシキ右ノ方ニ有。
一 小田ヨリ飯塚ヘ一リ半、木澤ト云所ヨリ左ヘ切ル。
一 飯塚(此間姿川越ル。)ヨリ壬生ヘ一リ半、飯塚ノ宿ハヅレヨリ左ヘキ
レ、川(小クラ川)原ヲ通リ川ヲ越、ソウシヤガシト云船ツキノ上ヘ
カヽリ、室ノ八嶋ヘ行。(乾ノ方五町バカリ、毛武ト云村アリ。)スグニ壬生ヘ出ル。
此間三リトイヘドモ、貳里少余。
(曾良随行日記より)

飯塚の宿より狭い道を左に入ると小宅に抜ける橋がある。
思川に架かるこの橋は乗用車が通れるくらいの幅の狭い仮橋である。
「奥の細道」”曽良随行日記”の
原文解説等はこちらの本を参考に
しています。
文庫本なのでいつもポケットに入
れて持ち歩いていますので表紙が
擦り切れてしまいました。

曾良随行日記に 「川(小クラ川)原ヲ通リ川ヲ越、ソウシヤガシト云船ツキノ上ヘ」 とある。
思川の堤より北西をみると遠くに日光連山が見渡せる。
その下方に室の八島のある大神(おおみや)神社の森が見える。
芭蕉はここより更に上流から川を渡り、河川敷を歩きながら総社河岸へと向かったのではないだろうか。

思川(小倉川)を渡った芭蕉はこの惣社河岸に上がりここから大神神社へと向かったのであろう。
ここは栃木市で分譲した工業団地の一角にあり、ここの北側には昭和初期に起きた猟奇事件の安部定が収監されていた栃木女子刑務所がある。
テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2006/06/17(土) 22:42:02|
- 奥の細道
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