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奥の細道 日光(一)

日光



卯月朔日、御山に詣拝す。往昔此御山を二荒山と書しを、空海大師開基の時、日光と改給ふ。千歳未来をさとり給ふにや。今此御光一天にかゝやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖穏なり。猶憚多くて筆をさし置ぬ。

  あらたうと青葉若葉の日の光


四月一日、日光山に参詣する。その昔、この御山を二荒山と書いたが、空海大師が開基の時に日光と改めなさった。千年後の将来を推しはかってのことだったろうか。今になって、ここ日光山東照宮のご威光が天下に輝き、そのお恵みは国の八方の果てまで行き渡り、士農工商の民がすべて安堵な暮しができ平穏である。なお、これ以上日光山にふれるのは恐れ多いので、このあたりで筆をおくことにする。
 青葉や若葉に差し込む日の光は、この日光山が国の八方まで放つご威光そのもので、実に尊いものであるよ。   (奥の細道)

日光山内



”あらたふと青葉若葉の日の光”の句は「俳諧書留」に
   ”あらたふと木の下暗も日の光”
元禄九年の「初蝉」に
   ”たふとさや青葉若葉の日の光”
正徳三年の舎羅撰に
   ”あらたふと若葉青葉の日の光”
とあり奥の細道は元禄七年頃まで推敲が重ねられて現在に至った。





日光東照宮は、元和3年 (1617)徳川家康公を奉祀し創建されました神社であります。二代将軍秀忠公により造営された創建当初の社殿は、20年後の寛永13年(1636)三代将軍 家光公により建て替えられ、今日の絢爛豪華な社殿群となりました。これを、「寛永の大造替」と言います。
 現在の国指定文化財(国宝、重文)の建造物は、その時建立された木殿や陽明門など35棟を中心にその前後に建立されたものや、大名の奉納による五重塔や石鳥居など55棟になります。(指定では国宝8、重文34)。これらの建造物は、何れも江戸初期 寛永文化の優れた絵師、名工達、技術集団によって生み出された我が国を代表する宗教建築であります。
 さらに、平成11年 (1999)には、人類のかけがえのない宝として、ユネスコの世界遺産条約に基づき『世界遺産』に登録されました。


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  1. 2006/07/18(火) 10:28:27|
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