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奥の細道 殺生石

殺生石


元禄2年(1689年)4月19日(新暦6月6日)芭蕉と曽良は那須温泉神社を拝観後、殺生石を訪れた。

殺生石は温泉の出る山陰にあり。
石の毒気いまだほろびず。
蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。

                  -奥の細道-


殺生石は温泉の出る山陰にある。
石の毒気はいまだになくなっていない。
蜂や蝶のたぐいが、地面の砂の色が見えないほど重なって死んでいた。



那須温泉神社


第三十四代舒明天皇の御代、狩ノ三郎行広は白鹿を追い求め山中に湧く温泉を発見しここに神社を建立した。また、那須与一が屋島の合戦のおりに成就を祈願し見事に扇の的を射抜いたという、与一ゆかりの鏑矢や扇などが奉納されていたという。しかし今は拝観することはできない。
また、境内には昭和天皇の御歌碑がある。
温泉神社と那須与一




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奥の細道紀行



十九日 快晴。予、鉢ニ出ル。朝飯後、図書家来角左衛門ヲ黒羽へ戻ス。午ノ上尅、湯泉ヘ参詣。神主越中出合、宝物ヲ拝。与一扇ノ的躬残ノカブラ壱本・征矢十本・蟇目ノカブラ壱本・檜扇子壱本、金ノ絵也。正一位ノ宣旨・縁起等拝ム。夫ヨリ殺生石ヲ見ル。宿五左衛門案内。以上湯数六ヶ所。上ハ出ル事不定、次ハ冷、ソノ次ハ温冷兼、御橋ノ下也。ソノ次ハ不出。ソノ次温湯アツシ。ソノ次、温也ノ由、所ノ云也。

温泉大明神ノ相殿ニ八幡宮ヲ移シ奉テ、両神一方ニ拝レセ玉フヲ、
湯をむすぶ 誓も同じ 石清水   翁
殺生石
石の香や 夏草赤く 露あつし
         -曾良随行日記-




那須温泉神社



那須温泉で最も古い鹿の湯は湯川の左岸にあり、奈良時代には都にも知られていた。しかし、江戸時代末期の山崩れで湯川の右岸に移動してしまった。芭蕉が訪れた頃も「曾良日記」に「湯数六ヶ所あり」と書かれてあるように、温度差のある浴槽がいくつかあったのだろう。
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テーマ:写真俳句 - ジャンル:写真

  1. 2006/08/31(木) 06:36:38|
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